第20話

駅に着くとちょうど帰りの電車が来たところだった。

裕作は足早にホームを駆け、電車に飛び乗ると、シートのちょうど真ん中辺りに空きを見つけてゆっくりと腰掛けた。

電車はまるで裕作を待っていたかのように、座ると同時にガタンゴトンと音を立て始める。



お尻に伝わる規則正しい揺れに、いつもであればすぐに睡魔がやってくるのだけど、今日は目を閉じても眠ってしまう可能性は無さそうだった。

縁の切れ端を見つけることができなかった。

萩野のおっさんの縁の切れ端が見えなかった時点で想定はしていたものの、それが確からしいと分かるとやはりそれなりに衝撃を感じるものだ。

別にだからといって困ることもなければ、仕事のやり方に影響が出るわけでもない。

それどころか、あの所在なさそうにぶら下がるだけの切れ端を見なくて済むのだから、むしろ良かったとも言えるかもしれない。

しかし、今までそうと信じていたことが突然否定されると、人間誰しも戸惑うものなのだろう。



電車が目的の駅に着くと、裕作は胸につかえたような何かと一緒に電車を降りた。

駅から家までの緩やかな登り坂を一歩一歩踏みしめながら歩く。

縁の切れ端は見えなくなったのか存在しなくなったのか、どちらなのかはまだ分からないけれど、もしも存在しなくなったのだとしたらどうか安らかに、色んな想いやしがらみから解き放たれて静かに消えて行ったのであって欲しい。縁切り屋としてそう願わずにはいられなかった。



受け取り相手のいない「ただいま」を玄関に落として家に上がると、裕作は真っ直ぐに二階に向かった。

縁切りハサミを持ち出した日は、帰宅後すぐに倉庫にしまうのが習慣になっている。

大事な商売道具兼父の形見をなくす訳にはいかないし、万が一このハサミが誰かの手に渡ってしまったら、まずいことになるはずだ。

ただ縁を切ることができるだけの道具だけど、きっと良からぬことを考える人からすればいろんな悪用方法があるだろう。

たとえば——、としばらく腕を組んでみたものの、イタズラで縁を切ってしまう程度の悪さしか思い付かず、苦笑いをしながら腕をほどいた。



俺がこんな感じだから、父さんも安心してハサミを任せられたんだろうな。

生前の父は事あるごとに「お前がいてくれて良かったよ。これで俺はいつでも安心して死ねる」と裕作の背中をバンバンと叩いたものだった。

あるはずのない優しい痛みがまだ背中に残っているような気がして、さっと自分の背中を撫でる。

大きく不器用な父の手に触れた気がした。

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