第30話 これからも……

「お義父さん、喜んでくれるかな」

「うん、親父は酒飲みだからな。それに、美七海ちゃんからのプレゼントなら絶対喜ぶよ」


 美七海が芝山 美七海から三島 美七海となってから、初めて迎えるバレンタイン。

 甘いものが苦手でお酒が好きな泰史の父親へのバレンタインの贈り物として、美七海は日本酒をチョイスし、泰史と共に三島家に向かった。


「やっぱり、それくらい私が持つ」

「いいからいいから。俺が持つって」


 美七海の手には、小さなバックのみ。

 その他の荷物は全て泰史が持っている。


「でも」

「しつこいよ、美七海ちゃん」

「……わかった。ありがとう」


 少し不機嫌さを見せた泰史の優しさに美七海は甘える事にして、手に持った小さなバックだけは落とさないようにと握りしめる。

 美七海は少し緊張していた。

 久しぶりに三島家を訪ねるということも理由のひとつではあったが、もうひとつの理由の方が大きい。


「わっ!」


 不安に気を取られて、足元の段差に躓いた美七海に、泰史は慌てて荷物を持ったまま美七海の体を支える。


「美七海ちゃんっ、大丈夫っ⁉」

「う、うん。ごめんね、ありがとう」

「もうっ、気を付けてよほんとに……」

「ごめん」


 心配そうにチラチラと自分を見る泰史の視線を感じながら、美七海はいつも以上に足元に気を付けて歩を進めた。



「いらっしゃい、美七海さん。寒かったでしょう?さ、早く中に入って」

「こんにちは、お義母さん。お邪魔します」


 出迎えてくれた泰史の母親に挨拶すると、美七海は泰史と共に家の中へと足を踏み入れる。

 リビングでは泰史の父親がふたりを待ちかねていたように、笑顔を浮かべて出迎えた。


「いらっしゃい、美七海さん。寒い中良く来てくれたねぇ」

「父さん、俺もいるけど」

「分かってる」

「ちょっと」

「うるさい。さ、美七海さん、ここへどうぞ」


 泰史の父親は美七海のことをとても可愛がっている。

 どこかで、亡くしてしまった2人の娘を重ね合わせているのだろう。

 美七海は申し訳ないような気もしつつ、それでも泰史の父親の気遣いを嬉しくも思っていた。


「お義父さん。これ、バレンタインの。甘いものがお好きじゃないと聞いたので、お酒にしてみました。お口に合えばいいのですが」


 泰史からラッピングされた酒瓶を受け取り、美七海はそれを泰史の父親へと渡した。

 泰史の父親は笑顔をさらに嬉しそうに崩して、美七海から酒瓶を受け取る。


「バレンタイン!いやぁ、嬉しいなぁ、ありがとう!美七海さんからのお酒なら美味しいに決まってる。母さん、悪いけどグラスを持ってきてくれないか。美七海さんから美味しいお酒をいただいたよ。みんなで飲もう!」

「あっ、いや、父さん、あの……」

「なんだ泰史。飲みたくないならお前は飲まなくてもいいぞ」

「いや、そうじゃなくて」


 困り顔の泰史とマイペースな泰史の父親のやりとりに、美七海がクスクスと笑っていると、やがて泰史の母親がお盆にグラスを4つ乗せてやってきた。

 入れ替わりのように泰史が席を立ち、戸棚から取り出したグラスに冷蔵庫の麦茶を注いで、美七海の元へと戻ってくる。


「美七海さん、気を遣わせてしまって悪いわねぇ」

「いえ、こちらこそです。ありがとうございます」


 テーブルの中央には鮨桶が置かれている。

 美七海と泰史の到着時間に合わせて、泰史の両親が鮨の出前を取っていてくれたのだ。

 4つのグラスに美七海がプレゼントした酒を注ぐと、泰史の父親が言った。


「さ、美七海さん。遠慮せずたくさん食べなさい」

「だから、俺もいるんだけど?」

「お前は言わなくても勝手に食べるだろう」

「そりゃ、食べるけどさあ……」


 乾杯!


 と泰史の父親が持ち上げたグラスに、他の3つのグラスがチンと軽い音を立てて合わさる。

 4人での昼食が始まった。


「そう言えばね、この間久しぶりに亜美と麻美の夢をみたのよ」


 思い出したように、泰史の母親がそう話し出した。


「二人とも、大きくなっていてねぇ。美七海さんと同じくらいの年になっていたかしら」

「へぇ、姉ちゃん達、元気だった?」

「えぇ、とっても」


 母親の言葉に、泰史も美七海も安心したような笑みを零す。だが。


「それでね、あの子達おかしな事言ってたのよ。『またお世話になるから、よろしくね』って。まぁ、夢の中の話だから、たいした意味は無いのかもしれないけれど。なんだか気になっちゃって」


 ウフフ、と笑う母親に、美七海はそっとお腹に手を当て、泰史と顔を見合わせた。

 泰史の喉が、ゴクリと音と立てる。


「あのね、母さん。実は今日、俺達報告があって」

「あら、何の?」


 キョトンとした顔をする両親を目の前に、美七海も泰史も背筋を正して座り直す。


「実は俺達……子供ができました」


 一瞬の間。

 直後。


「ええっ、それは本当なのかっ⁉」

「美七海さん、本当なのっ⁉」


 驚く泰史の両親に、美七海は照れ臭そうに笑いながら頷き、再びお腹に手を当てる。


「はい。今3か月目に入ったところです」

「そうか……そうか!あっ、じゃあ酒はダメじゃないか!」

「だからそう言おうとしたのに……大丈夫だよ、美七海ちゃんにはさっき麦茶持って来たから」

「美七海さん、体は冷やしちゃダメよ?寒くない?あっ、前に泰史が置いて行った……あったあった、このカーディガン羽織った方がいいわ」

「ありがとうございます。あの、お義父さん、お義母さん、赤ちゃんの事なんですけど」


 一旦言葉を切って、美七海は再度続けた。


「2人、居るんです」

「えっ?」

「それ、って……」


 美七海の言葉に、泰史の両親は驚いて顔を見合わせている。

 美七海は小さな声でお腹に向かって呟いた。


「それって、そういう事、ですよね?元気に生まれてきてくださいね、みんな待ってますから」


『またお世話になるから、よろしくね』


 そんな言葉が、美七海の耳にも届いたような気がした。



 ~Happy Lovers' days continue~


【完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る