第16話 ~Happy Birthday Night ver.Minami~ 2/2

「……なんで?」


 部屋に入るなり開口一番、泰史は言った。

 実はそれは美七海も思っていた言葉。


「おかえり、やっくん!」

「ちょうど良かったわ。私たちもさっき到着したところなのよ」


 泰史が美七海の家に到着する少し前に、泰史の双子の姉達、亜美と麻美が訪ねて来たのだ。


「早く早く!美七海っちの誕生会やるんでしょ?」

「ダメじゃないの、主役をお待たせしては。ごめんなさいね、美七海さん」

「いえ、全然……」


 亜美と麻美から逃れるように立ち上がると、美七海は泰史から荷物を受け取りがてら、小さく文句を漏らす。


「お姉さまも呼んでいるなら、先に言っておいてくれればよかったのに。そうしたらもうちょっと部屋の片づけしておいたんだけど」

「あ……ごめん……いや、別に呼んでないんだけど」

「えっ?」

「っていうかもうっ!なんでこんなとこまで勝手に来るんだよっ、亜美姉も麻美姉もっ!」


 ズカズカと2人の姉の元へと足音も荒く歩み寄ると、泰史は声を荒らげた。


「怒らないでよぉ、やっくん……」

「そうよ、私たちは良かれと思って……」

「泰史あのねっ、実は私、今度お姉さま達と海に行く約束をして……しまって……」

「はぁっ?!」

「もちろん、泰史も一緒だよ?」


 とりあえずと、泰史が買って来たオードブルをテーブルに並べ、ケーキを冷蔵庫にしまってグラスを4つ用意しながら、美七海はとまどい顔を浮かべる。


「そうそう。再来週のお休み、オーシャンビューのホテル予約しといたから。もちろんやっくんの名前で」

「私たちもご一緒させていただくつもりよ」

「ダメだよっ!美七海ちゃんは海が苦手……」

「だぁいじょうぶよ!私たち2人が付いていれば」


 ね?


 とでもいうように、亜美が美七海に向かって笑いかける。


「そうよ。美七海さんを危険な目に遭わせることは、絶対にしないわ。私たち2人が付いていれば大丈夫。泰史もそう思うでしょう?」


 ね?


 とでもいうように、麻美が泰史に向かって微笑みかける。


「とりあえず、おめでとうしよう、おめでとう!美七海っち、お誕生日おめでとうっ!」


 とまどう主役とその彼氏を差し置き、亜美がご機嫌な声を部屋中に響き渡らせたのだった。



「お姉さん達、お酒も口を付けた程度だし、食べ物にも全然手を付けてらっしゃらなかったのね」


 ケーキを切り分けながら、美七海は呟いた。

 その呟きに、泰史が当然のように答える。


「当たり前だよ。招かれざる客なんだから。まったく、美七海ちゃんと俺の大切な二人きりの時間をなんだと思っているんだか」

「でも、せっかくお祝いに来てくださったのだし」

「暇つぶしに来ただけだよ、絶対に!」

「そんなこと言わないの、泰史」


 宥めるように言いながら、美七海は切り分けたケーキの乗った皿を泰史の前に置く。


「でもさ、美七海ちゃん、本当にいいの?その……」

「海、のこと?」

「うん」


 口の周りにクリームを付けたまま口いっぱいにケーキを頬張り、神妙な顔をして頷く泰史に、美七海は思わず笑いを漏らす。


「お姉さま達がね、『絶対に私たちが守るから安心して』って。『どうしてもやっくんのお願いを叶えてあげたいから』ってお二人から頭を下げられてしまったら、さすがに断れなくて」

「何やってんだよ、ねーちゃん達……美七海ちゃんの両脇でも固めるつもりか?」

「やっぱり泰史、私と一緒に海、行きたかったんだよね」

「そりゃ、そうだけど……」

「じゃあ、とりあえず……来週のお休みに、水着買いに行きたいんだけど、付き合ってくれる?」

「……美七海ちゃんっっ!」

「きゃっ!」


 感極まった顔の泰史は、勢いに任せて美七海を抱きしめ、そのまま美七海に口づける。


「ちょっ、泰史っ!クリーム付いちゃったっ!」

「ごめん、美七海ちゃんっ」

「……でも、ふふっ、甘くて美味しい」

「もっと甘いの、味わってみない?」

「もぅっ、泰史ったら……」


 顔を赤くする美七海の反応を見て、泰史はケーキの生クリームをひと掬い口に入れると、そのまま再び美七海に口づけ、器用に舌を使って美七海の口の中へとクリームを移動させる。


「美味しい?」

「……うん」

「口移しでケーキ食べてくれるなんて、美七海ちゃんもエッチになってくれたねぇ」

「……泰史のバカっ」


 恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら美七海は泰史から離れようと身を捩ったが、泰史はギュッと美七海を強く抱きしめて、耳元で囁く。


「ハッピーバースディ、美七海ちゃん。生まれて来てくれてありがとう。俺と出会ってくれて、俺と付き合ってくれてありがとう」


 泰史からこの言葉を聞くのは、2回目だ。

 昨年の誕生日も、泰史は同じ言葉を美七海に告げている。

 きっとこの先も何回も聞かせて貰えるのだろうという幸せな予感に浸りながら、美七海は力を抜いて泰史に体を預けたのだった。


 ~Happy Birthday Night ver.Minami~

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