第15話 ~Happy Birthday Night ver.Minami~ 1/2

 朝。

 美七海は、手に取った2つのペンダントヘッドを前に、今日はどちらにしようかと悩んでいた。

 その2つのペンダントヘッドは、今年の美七海の誕生日に泰史から贈られたプレゼント。


 1つは、抜けるように青い空に白い雲、そして真っ青な青い海をイメージした七宝焼き。

 そしてもう一つは、鮮やかに海と空を染める夕日が描かれた七宝焼き。

 どちらも泰史がデザインをした特注品とのこと。


『夏生まれの美七海ちゃんにはやっぱり、海が似合うと思う。それも、とびっきり綺麗な海が似合うと思うんだ。だから……』


 続く言葉を飲み込んで、泰史は美七海を抱きしめた。

 泰史なりの優しさなのだ。

 海が苦手な美七海に、無理強いはしたくないという。


「綺麗……」


 ペンダントヘッドは、どちらも美七海のお気に入りとなった。

 そして思った。

 こんなに綺麗な海なら、眺めるだけならば、行ってもいいのではないかと。

 美七海は幼い頃に海で離岸流に乗ってしまって流され溺れかけてから、海に対しての恐怖心が根強く残ってしまっている。だからそれ以来、誰にどんなに誘われても、海の側には近寄ってはいない。

 美七海の両親は大の海好きだ。だから、美七海が溺れかけたあの日までは、よく海に連れて行ってもらったものだ。

 美七海の名前の由来も『海』なのだと親から聞いたことがあった。

 七つの海のように美しい子に育って欲しい。両親はそう願いを込めたのだと言っていた。

 そんな子が海で溺れかけて海が苦手になってしまうなど、親としても微妙な心境だろうと思う。

 どうしても海への恐怖心を絶てず、申し訳なく思う美七海に、母親はこう言った。


『海に美七海を奪われなくて良かった。それだけで十分よ』


 けれども、泰史は海が大好きだと言う。

 実は泰史も幼いころに海で溺れかけた経験があるのだが、その時に自分を助けてくれたライフセーバーに憧れて水泳を習い始めて、今では海が大好きになったのだとか。

 海で溺れかけたという同じ経験をしているにも関わらず、なぜこのように海への意識が対照的なのか、美七海は不思議でならなかった。


(泰史、本当は海デートとかしたいんだろうな……)


 迷った挙句に夕日が描かれた方を選び、身に着けながら美七海は思った。


(泰史はきっと私と一緒に泳ぎたいんだろうな、海で。一緒に泳ぐのはまだ怖いけど……でも、泰史が泳いでいる所は見てみたいような気もする)


 今日、仕事終わりに泰史が美七海の家に来て、美七海の誕生日祝いをすることになっている。

 誕生日当日が平日だったこともあり、プレゼントだけは先に貰ってしまったのだが、いわゆる『お誕生日会』はまだしていなかった。

 そんなことをわざわざしなくてもいいと美七海は昨年も言ったのだが、泰史の強い拒否に跳ね返された。


『何言ってるの、美七海ちゃん!お誕生日会しない恋人なんて、この世に存在しないよ!』


 さすがにそれは泰史の思い込みだろうとは思うものの、どうしても美七海のお誕生日会をするんだと言ってきかない泰史は、お酒や少し贅沢なオードブルなどを買い込んで美七海の家にやってくる予定になっていた。


「じゃ、今日も頑張りますか!」


 別にお誕生日会などしてもらわなくても、美七海はこのプレゼントだけで本当に充分に嬉しかった。

 けれども、めいっぱい美七海の誕生日を祝いたいという泰史の気持ちが、本当は何よりも嬉しい。

 弾む気持ちを感じながら、美七海は会社へ向かうべく、家を出た。

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