5日目

第24話 土器の出来

私の異世界生活は確実に良くなっていると思う。

少なくとも今日は夜中に何度も起きることはなかった。

やっぱりよく眠れると頭がスッキリして気持ちがいい。

昨夜頑張った甲斐もあって、木枠のツタベッドは寝心地が意外と良かったのか、横になったら即座に眠ってしまった。

もちろん前日の睡眠不足や昼間あれだけ動いたので疲れもあった。

それにしても、異世界生活が始まって一番の寝床であることには間違いない。

今のところ、ご飯も食べられてるし、水も確保できてる。

順調と言ってもいいのではないでしょうか。


昨日かき集めておいた土器を作るための泥の材料が乾いてしまう前に、次の土器を作り始めたい。

まずは、沈めた水没試験中の土器の様子を見に行こう。

改良が必要なら他の材料集めも必要なので、結果次第で今日取りかかる作業が変わってくる。

朝の陽射しがキツくない時間帯にウネウネ罠を仕掛けるのも日課になりつつある。

日課と言えば、後で昨日見つけたベリーもまた食べに行こう。

木の実だって拾ってこないといけない。

やることが沢山あるけどいっぺんには出来ないのが1人生活でのつらいところ。

体調を崩せばジ・エンドということになりかねない。

何か対策ができたらいいのだけれど、まずは土器の完成が最優先。

それさえあれば、少なくとも水を飲んだり、料理に使うために汲みに行く回数がずいぶん減る。

コケのスポンジと大きな葉っぱでは、100ml以下くらいしか持ってこられない。

あまりにも効率が悪すぎて、何度も何度も池に足を運ぶ必要があることが、私の活動を阻害する要因のひとつとなっている。

体調を崩した場合、具合が悪いまま池まで7、8分の悪路を往復して歩くとなったら最悪だと思う。

なのでお願いします。

どうか水没試験中の土器が崩れないで残っていてください。

祈りながら池へと向かう。



真っ先に水没試験中の土器を沈めた目印の枝のところにやって来た。

水の中を覗く。


「割れてる……でも……」


水面から覗き込むだけでも分かりやすく割れていた。

しかし粉々ではない。

形を留めている部分もある。

さらに割れてしまわないように、慎重に水の中から引き揚げる。

引き揚げる時の感触もそれほどボロボロになった感じはではない。

上の方は砕けていたり、欠けたりと酷い状態になっている。

けれど、下の方は作る時に分厚くなったからか、ギリギリ形が残っている。

濡れた状態で持っても砕けない。

試しに水を掬ってみる。


「これならちょっとは汲めるわね」


水を掬うこともできる。

コケや大きな葉っぱよりはマシくらいの容量だけれど、数百mlは持ち運べそう。

掬った水がこれだけ残れば、少なく見積っても運べる容量が2倍になった。


今回の土器は失敗寄りだけど、もう少しだけ分厚ければ、少しならサイズアップも可能かもしれない。

ただし、土器は分厚くすると自重に耐えられなくて崩れてしまうので、あまり大きなものは期待できないことはわかった。

このくらいしか持ち運べないとなると、別の手段を考える必要もありそう。

でも、この水を火にかけて沸かせるとなれば、一応の成功と考えてもいいのかもしれない。

コケの抗菌作用にいつまでも頼るのは心もとない。

完全に安全な飲み物が確保できるなら、それは成功といえるでしよう。


ウネウネ罠を仕掛けたら、早速岩屋に土器で水を持ち帰ってみた。

水没試験をしなかった方の土器に水を移して、焚き火の近くに置く。

水を移したのは、水没試験をすると土器が水を吸ってしまっている可能性が高く、そのまま加熱して沸騰すると、土器の内部に染み込んだ水分が蒸発して水蒸気になることで体積が膨張し、土器が内側から水蒸気に押し出されて割れてしまうからだ。

水没させていない方は表面にだけ水がついている状態なので、体積が増えても逃げ場がある。

水分が湯気となって空気中に蒸発していくので、土器には影響が少ない。

なので、お湯を沸かしたい時は乾燥した土器に水をいれかえて使うのが良い。

それでも、熱した場所と冷えている場所で土器の内部の膨張率が違うので、割れてしまう可能性はある。

焚き火で熱した時は大丈夫だったので、今回も大丈夫なことを祈りつつ、結果を待つ。


数分で土器の底から泡がふつふつと湧き上がってきた。


「お湯!お湯が沸かせたよ!

シュガルインも見て、すごくない?」


興奮してシュガルインを手に乗せて、お湯が沸くところが見える位置に持っていく。

だけど、シュガルインは湯気が嫌いみたいで腕の上の方に上がってきて隠れようとしている。


「あっ!ごめんなさい!

シュガルインは水が苦手だったよね」


そっか。

そういえばこの子、一度も水を飲んでいない。

火を食べて生きてる生き物だから、水そのものが体に良くないのかもしれない。

この子の血液は火そのものだったりするのかな?

下をチロチロチロっと出していて、もしかして私に文句を言ったのかもしれない。

本当にごめんね、シュガルイン。


シュガルインを安全な場所に避難させ、改めてお湯が沸いた土器を火から遠ざける。

小枝をミトン代わりに持ち上げるのは落としそうだったり火傷しそうで正直恐い。

もっと良い方法がないか考えておくんだった。


土器は熱々で、冷まさないと持つこともできないし、飲めない。

意外と時間がかかる。

池までの往復で15分くらいで、沸かすのに数分、冷ますのにさらに10数分くらい。

最低でも1回30分はかかる。

しかも、汲んできた水が一部蒸発してしまうので成果も少ない。

正味200mm強。

冷めてきたので1口飲んでみる。


「うん、お湯ね。

ちょっとじゃりじゃりしてるけど、ちゃんとお湯ね」


安全性に関してはこれが一番問題ないはずなので、これからは可能な限りは毎日この方法で水を飲みたい。

5日目にしてようやくクリーンな水を飲めた。

じゃりじゃり感は、きっと土器の破片や池の泥か何かだと思う。

次回からはコケなどを使って、ろ過しながら移し替えるのが良さそう。


土器の実用性が確かめられたので、割れてしまったり、落としてしまったりということも考えると、もっともっと土器はあっていい。

もともと土器は使い捨てにされていたようで、古代の遺跡などにも、土器や貝殻や使わなくなった動物の骨などを埋める塚があった形跡が残っている。

後々もっと高度なガラスや、ガラスと同じような性質を取り入れた陶磁器に発展するまでは、1万年くらい?人類がお世話になったものではあるものの、基本的には使い捨てになるくらい耐久値には問題があると考えておいた方がいい。


じゃあ最初からガラスを作ればいいと思うかもしれないけど、ガラスや陶磁器を作るには、今の設備では不可能なので焦ってはいけない。

というのも、焚き火の火の最大温度は木や空気の乾燥具合や木の種類、密度によっても変わるけれど、約400℃くらい。

石器の次の時代が青銅、ブロンズの時代で、スズと銅の合金の青銅が融ける温度が875℃。

その時点で焚き火の火では火力が全然足りてないのがわかる。

これをどうしたかと言うと、木炭と炉の登場で高い温度を維持することができるようになったために、青銅の製造が可能になったと言われている。

木炭は酸素を十分に送り込みながら燃焼させることで瞬間的に1000℃まで上がる。

酸素が十分で、かつ、木炭を次々に送り込むことで900℃前後を維持してはじめて875℃で溶ける青銅を扱えるようになる。

大量に木炭が必要になる。

しかも、ガラスや陶磁器は更に高温が必要になる。

ガラスは融点が1300℃〜1600℃、陶磁器もおおむねガラスと同じ成分のものを混ぜ込んで熱で変化させているので、1300℃以上の温度を維持しなければならない。

青銅を溶かすよりも、もっと温度が下がらないように工夫された高度な炉と燃料が必要になる。


今現状で扱える器としては、当面は土器に頼る他ないと思う。

とりあえず、昨日かき集めた分だけでも整形して、ジュガテインさんの洞窟で乾燥させよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る