第7.5話 研究対象

キヅキ研究員の質問に答えていく中、口調など気にするだけ無駄なことを悟った。

この男は私の口調が上長のようになっても、全くお構いなく自分のペースで好きなように話すやつだとわかったからだ。

1時間以上、あるいは1時間半は様々な映像を見せられながら話していたと思う。

なかなかに長く感じる程、キヅキの話に適当な返答を返す作業が続いた。

そして遂に、これが最後という男の声の直後、ゴーグルの映像が切り替わった。


目に飛び込んできたのは赤い髪の少女。


「これは、あの魔女か?」


「ご名答。

あなたがここに来るきっかけになった魔女と目される少女です。


私から見ると、どうにもあどけない少女のようにも見えるのですが、本部が指定する凶悪犯らしいですね。

昨日から彼女が主役のサバイバル番組が放映されはじめて、初日にしてはなかなかに頑張っているようでしたよ?

赤い髪に赤い瞳、とてもユニークな見た目であることも相まって、1部では既にファンがついたと話題を集めているようです」


「サバイバル番組?

何を言っている?

こいつは私が殺し損ねた魔女じゃないか。

番組に出るなんてありえない」


「あれ?

知らないんですね」


いぶかしげな声がマイクから聞こえてくる。


「ああ、そうか。

あなたは生身でしたね。

隊員たちの装備にはそのような娯楽系の番組視聴機能はつけていなかったんでした」


境界侵犯者XHOが娯楽番組へ出演?

そんな馬鹿なことがあるものか!


しかし、私の内心とは裏腹に、キヅキ研究員の口から次々に私の知らない“番組”とやらの話が出てくる。


「最近捕らえられた境界侵犯者XHOは、このようにサバイバル番組で、基本的には死ぬまでを放映されているんですよ?

もっとも、視聴者が見ている映像は、若干のタイムラグがあって、AIによって視聴にたえないシーンにはモザイクや映像の中断などを挟みます。

それに、見ている人が状況を把握しやすいようにテロップ処理もかかっています。


今あなたが見ている映像は、その加工処理が施される前の生の中継映像です」


そのような事が本当に行われているのか?

目の前の映像では確かにあの魔女が、光るキノコなどが生えている森の中を歩いている。

信じ難いことだが、実際に目にしているものの説明をしているだけと言った感じだ。


「……死ぬまで、とは?

これはつまり、死刑の執行にあたるのか?」


「いえいえ。


そもそも境界侵犯者XHOにこの世界の人権などないんですから、死刑の対象にはなりませんよ?


単純にこの世界の異物として、我々の役に立ってもらっているだけです」


「人権がないだと??

これまで捕まえた侵犯者どもは大半が人間だろう?

それに、役に立っているとはなぜだ??」


「元々この世界に存在してはいけないものをどう扱うかは、こちらの世界の裁量に一任されるということです。


領事裁判権、いえ『越境裁判権』とでも言いましょうか、は我々の世界では認めていないんです。

つまり、境界を超えた時点で、全てはこちら側で判断する必要があるということになります。

それらを普通の人間として扱うかどうかも、こちら側が決めます。


まあ、境界を超えるようなやからを普通と称することは一般的ではない、というのがあらかたの考え方の基礎になっていると思います。

私も研究員としてここに勤めている限り、彼ら境界侵犯者XHOを研究したり、別の世界からもたらされた素材や技術との関わりが深い研究をしています。

が、その私から言わせてもらっても、彼らをこの世界の普通と言い切ることや、一般人として受け入れるというのは、かなり難しいものだと考えています。


しかし、どんな境界侵犯者XHOが来たとしても、我々の役には立つ事がわかってきています。

たとえば、彼らが最も貢献していることと言えば、ゲートの燃料としてですね。

境界侵犯者XHOがいないと、アレはほとんど使い物になりませんから。


生の映像は記録され、僕らのような境界守護者XHDに所属する研究者たちが、日夜を通じて、異なる世界から来たもの達の行動や危機への対処、使用したテクノロジーや状況適応能力を観察し、評価し、今後来るであろうその世界の住人や動物、植物、細菌などその他あらゆる世界が起因した問題への対策や防衛、新たな技術を取り込み我々の生活に役立てるための研究材料として有効に使われています」


「えっきょう、さいばんけん?

普通ではなく、ゲートの、燃料?

防衛の目的はわからなくはないが、異なる世界の技術の取り込みなどができるものなのか?」


キヅキ研究員が話す内容はどれも私に馴染みが薄い事のように聞こえる。

“燃料”というものを使っていた時代は数世紀も前の話で、この世界へ良い影響と負の影響の2つの側面をもたらしたいにしえの時代の言葉だったはず。


「あなたの使う槍やアーマーを構成している技術も、ほとんどが、別の世界からもたらされたものを元にら私たち研究員がこの世界の技術と掛け合わせたり、何とか応用して構成したものの1つですよ?

まさかあんなものがこの世界の技術だけで作られていると思っていたのですか?」


多分私は、キヅキの話の内容の5割も飲み込めていない。

武術の体得に心血を注いできた私の頭で理解できるような話ではない事だけはわかる。

私が押し黙ってしまったことと、おそらく目に?マークを浮かべているであろう私のそんな雰囲気を察知したのか、キヅキは話のまとめに入ったらしい。


「燃料とは比喩の話ですが、境界侵犯者XHOは我々にはないエネルギーを持っていることがありまして……。

おそらくそれで境界を超えられるのだと多くの研究者は考えています。


ゲートはそもそも我々の技術ではないので、何度も開くにはそれなりのエネルギーが必要です。

そのエネルギーは、我々の世界の技術では良い手段で生み出すことができず、もともと多くのエネルギーを有している彼らからの供給が不可欠なのです」


「何を言っているのか、私には理解がおよばないようです。

結局、この魔女の今の姿を私に見せて、一体どんな質問を私に答えさせたいのですか?」


私をこんな所に来させた原因となる人物が目の前のゴーグルに映し出されている。

不思議と憎いとは感じていない。

この少女のせいで、エインリヒターの眼光や、お偉方の冷ややかな視線にさらされ、不本意な自室での謹慎などの苦いものは多少ある。

命令通りに殺す、ということを躊躇ってしまう何かが彼女にはあったのかもしれない。

私が現場に駆けつけた時、この少女は眠っていた。

一見すると無害そうに見えるのも良くない。

命令といえども、私だって幼い少女を殺すということには、もちろん抵抗がある。

しかし、私が相手にしているのは境界侵犯者XHOだ。

これまで数々の境界侵犯者XHOと対峙してきたが、見た目の印象などあてにならない。


“あてにしてはいけない”


だから、見た目を理由に命令違反を犯すような気は毛頭なかった。

私にはこの少女の危険性はわからないが、境界守護者XHDの本部は相当に危険視している。

少なくとも隊員や職員が危険にさらされたと判断するほどに、危ないものだという認識をしている。

その判断に沿うべきだったのだが、あの時の私には、うまくそれができなかった。


「ああ、そうそう。

今はエネルギーを吸引中ですが、それを一時的に停めた場合に、あなたがどういう反応をするのか。

それを確かめたかったんです。


今から数秒間だけエネルギーの吸引を停めます。

念の為、放映されているものは昨日のダイジェストに切り替えるので、視聴者側への影響はないと思われます。


では、行きますよ。

3、2、1、はい。


改めて彼女を見て、どうですか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る