第6.5話 実験的アプローチ

キヅキというメガネの研究員に連れられて、研究部門棟のいかにも実験室と言わんばかりの機材やらコードやらが至る所にある一室に連れてこられた。


そして私は、その実験室の中ほどに置かれたクリーム色の革張りリクライニングソファに座るように指示された。

座ってみると、座り心地はとてもいい。

腰に負担がかからないようにか、クッション性が抜群で、自室の簡素な椅子とは違って長時間座っていられそうだ。


キヅキ研究員は実験室の奥の方から、その奥の大きな箱に繋がった1本の太いプラグがついたヘルメットを持ってきて、私にかぶるように言った。


「このヘルメットは脳波を測定するものです。

今からそのヘルメット内に着けたゴーグルに流す映像と連動して脳波の状態を確認したいと思います」


「こ、これは……。

一応聞きますが、洗脳とかじゃあ、ないですよね?」


昔のトゥーンアニメでそういうのを見た事がある。

こんな感じのヘルメットで洗脳して暴れ回らせたり、言うことを聞かせて悪事を働かせるのだ。

生身の私が見られるものは、どれも古いものばかりで、最新の機器などには疎いから、普通の人が見たらもっと別の感想になるのかもしれない。

しかしあいにく、私はこういった装置がどうなっているのか、全く検討もつかないから怖いのだ。

もし私が洗脳されて暴れ回るようなことがあれば、おそらくかなり厄介なことになるだろう、という自覚はある。

第1部隊隊長やエインリヒター隊総指揮長が出張るような厄介事になってしまう危険性も十分にありうる。


「え!?洗脳??

いやいや、まさか!

あなたを洗脳したとして、私に何の得があるんですか??


私じゃ、あなたの受け持つ職務をあなたに遂行させることは不可能です。

ですから、洗脳したとしても部隊の方たちに迷惑がかかってしまい、かえって煩わしいだけですよ?


ほら、私の本音を聞いて、洗脳とやらへの不安は解消されましたか?」


「あ、ああ、解消された。

いえ、解消されました。

疑ってしまい、申し訳ございません」


しまった!

敬語で来られると、つい反射的に上長時の口調が出てしまう。

キヅキの階級を思い出せ、やつは幹部クラスだろ!


「いえ、けっこうですとも。

口調も好きなようにしてください。

私は話を聞いて理解してくれればそれでいい。

口調なんて表面上の問題で、私たち研究者が解決しなければならない問題はもっと根の深いものですからね」


一応キヅキ研究員は境界守護者XHD側の人間だ。

境界守護者XHDにとって不利益になるようなことはしないはず。

それに、一応研究部門棟ここに来るようにと言ったのはエインリヒターその人だ。

万が一、私に何かあれば彼が何とかしてくれるかもしれない。

そう自分に言い聞かせ、ヘルメットをかぶる。


頭の数箇所に冷たい金属部分が当たり、着け心地はあまり良くない。

いつもかぶっているフルフェイスヘルメットとは随分違う。

まあ、あのフルフェイスヘルメットは私の頭の細部にまでフィットして、動作を妨げない工夫を凝らして作られた特注品なので、比べるものではないが。


「あなたは生身なので映像を視界へ直接送信することができませんから、とりあえずこのお古のヘルメットで映像を見てもらいつつ、必要なデータが取れるのかを試してみるつもりです」


お古?

このヘルメットはどうやら現役世代の機材ではなく、古いもののようだ。


私のように生身で日常生活を行う者は少ない。

幼い頃より生身で生活をしていることで、旧世代だのできることが少ないだのと、バカにしたり下に見てくる連中は腐るほどいた。

しかし、曾お祖父様は生身であることを貫いたからこそ、初代境界守護者XHDとして数々の功績を果たしてきた。

お祖父様もお父様も、ハインツ家は代々そうして曾お祖父様の武術を伝え残しながら鍛錬し、境界守護者XHDとしても多くの功績と名を残してきた。

私自身もその家系であることへの誇りを胸に、幼い頃より武術に打ち込んできたのだ。

現在は生身ではない一般人でも標準インストールの戦闘プロトコルを起動でき、ある程度の自衛は可能だ。

しかし、プロトコルは万能ではない。

武術の心得の無いものは使いこなせないし、使いこなせてもプロトコルによる型通りの動きができるだけでは、現実的には強者に敵うものではない。

様々な武術を体得している私には守るべき弱者でしかない。

弱者に何を言われても、私は気にしない。

そんなものを気にするよりも、私はもっと強くなって、より多くの人々を境界侵犯者XHOの魔の手から守ることが大切だ。


「腕の上の方にも計器を付けたいので、腕をまくってもらえますか?」


現状は不本意ながら、境界守護者XHDとしての正規の任務にはつけていない。

が、この謎の実験が済めば任務に復帰できると、今は信じてさっさと終わらせよう。

キヅキに言われたまま、上腕部が露出するくらいに袖をまくり上げる。


「はい。

これでいい、ですか?」


ヘルメットのプラグと同じ箱に繋がったコードをキヅキが手にしてきた。

繋がった端子のようなものの先端を見る。

刺すようなものじゃないようで少しだけ安心した。


生身で生きている私は、毎年数回、予防接種として針付きの注射を刺されたり、血液を抜き取って検査をする為に針付きの管を刺されることがある。

戦闘時に負う怪我よりも、『これから刺しますよ』と言わんばかりに目の前で腕を消毒をされたり、針をちらつかされる方がどうも私は苦手だ。

拷問を受けているような感覚。

精神がすり減らされるというか。

子供の頃に注射が嫌で針を持っている人は敵だと思い戦おうとして、お父様にこっぴどく叱られた記憶が呼び覚まされる。

嫌な思い出が針を見る度に何度も何度もリフレインするから、苦手な感覚がずっと抜けずにいる。


「はい、ちょっとひんやりすると思います」


そんな私の内情を知らないキヅキ研究員は、医者が言うような言い回しをする。

私の表情が少し曇るのは仕方の無いことだ。


「これで、両腕OKです。

口調はまだ変ですが、まあそのうち慣れるでしょう」


確かに一瞬ヒヤっと冷たかった。

グリスのようなものを塗った金属端子を上腕の内側に付けられ医療用のテープで固定された。

口調が変なのは自覚しているから、直すように努めるしかない。


「善処します」


いよいよ実験が始まると思うと不安で拳に力が入る。

それを見つけたのか、キヅキ研究員が私に声をかけながら入ってきたドアとは違うドアに向かっていく。


「一旦深呼吸をして、力抜いてください。

ヘルメットはかぶってますが、できるだけ自然体な平常時のデータが欲しいんです。

映像で何が出てきても、普段のあなたが思うことを意識しながら、僕がマイクでいう質問に答えてくださいね」


そういうとキヅキは隣の部屋のドアの向こうに行ってしまった。

実験室内には私だけが取り残された。

ほどなくしてゴーグルに映像が映し出され、動物や人の顔や飲食物などの映像を見つつ、隣室のキヅキからマイクを通した質問に答えさせられた。


大半がキヅキの感想を聞いて同意するか、しないかという単純な質問だ。

この行為でキヅキは何を調べたいのだろうか?

大仰な装置まで着けさせて、この男のおしゃべりに付き合わされる。

隊長補の私の任務時間を割り当ててまですることなのだろうか?

そんな疑問が払拭できないまま質問と映像は続く。


「回答が単調になってきましたね。


いやあ、さすがに緊張もほぐれてきたみたいで、なおかつ飽きてきてますよね?

次で最後なんで、ご安心を」


これが最後というキヅキの声の後すぐに、ゴーグルに映し出される映像が切り替わった。

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