第19話 泥んこ遊びじゃないです

すっかり日が落ちて夜になったので、外での活動はもうやめておこうかと思ったのだけれど、雨が降る森で少し試しておきたいことがある。


シュガルインにまたお留守番を任せて、洞窟からすぐ近くの森の中、昼間何度も足を取られたぬかるみに来た。

ネチョネチョとして1度足がハマると泥だらけになりながら抜け出した。

深さはそれほど無いんだけど、粘りがすごくて厄介だった。


このぬかるみの泥を、大きな葉に盛って洞窟に持ち帰ってきた。

何往復かしてそれなりの量になった。

この泥を使ったクラフトをしたい。



この森の中ではほとんど石を見かけない。

川とかがないから、上流の岩が流れ着くこともなく、雨が多そうなので水に侵食されて細かい粒子になって地面に混ざっているのかもしれない。

粒子も細かく、この森の森林を支えられるほど肥沃な土。

この泥を使って土器を作ろう。


まずは、泥を混ぜて大きな葉や枝など不純物が混ざっていないかを入念に混ぜながら取り除いていく。


土器は古代の人々には欠かせない道具のひとつだった。

食べ物を煮炊きする鍋にしたり、蓋をして木の実などを保存したり、道具をしまって整理整頓や泥棒から隠したり、水瓶として水汲みや雨水を貯めたり、畑に水を撒くのに使ったり、入れ物があるのとないのでは生活の利便性が変わるほどのものだった。

装飾を施された特別な土器は、集落の冠婚葬祭などの儀式やまつりごとにも使われたほど、当時は重要なアイテムだった。

現代でも土器が進化した陶磁器、いわゆる陶器や陶芸品は人類に受け継がれていて、今もなお使われ続けている。

土器と陶磁器を分ける違いは、材料の厳選や焼成時の温度、うわぐすりなどのコーティング技術、それらの形成時や彩釉さいゆう時の職人による技巧や技法の確立などなどの発展に違いがある。


混ぜている泥には水分が多すぎるので、少しだけ傾斜のあるところに移動させて、自然に水分が流れ出すようにする。


一般的に土器を作るのは、粘土質の土を捏ねて形を作り、乾かして焼成をして完成となる。

土を使いたい形にして、その形が崩れないように水分などをしっかりと蒸発させて焼き固めただけのシンプルな作り方で作ることができる。

その反面、基本的には分厚く作らないと形が崩れやすいので、不格好で重たいものになる。

人の手を加えて、粘土から泥岩を人工的に作るといったイメージ。


対して陶磁器は、土中に含まれる石英が化学反応を起こして硬化する温度(900℃)で焼き、ガラス化させるのが基本的な製法になる。

温度を900℃の一定に保つには、しっかりとした造りと材質のや焼きがま(焼きぐら)が必要になる。

その代わり、ガラス化させれば単位体積の分子密度が上がって強度が増す。

なので、薄くても十分な強度のものが作れる。

形の自由度も増して、軽量化できるという利点がある。

割れないように力学的に理にかなった形が追及されて、軽量化され続けてきた。

湯のみやお茶碗が重くて、持っているのがつらいとかにはならないように進化してきた。


ある程度水分が無くなってきたらよく捏ねる。

ひたすら捏ね続ける。


フレイムリザードの恩恵があれば陶磁器を作れるかもしれないと、ふと思ったけど、考え直すことにした。

というのも、普通に焚き火とかは十分に乾燥している薪を使ったとしても温度がいちばん高いところで400〜700℃くらい。

その周りの温度は50℃〜500℃くらいで温度も一定しない。

キャンプなどで炭を使うと最高温度は700℃以上の1000℃近い温度も可能だけど、これも大量の炭が必要で酸素も送り込み続けないと温度が一定しない。

そんな温度をフレイムリザードが維持できるのか。

たぶんだけど、その勢いの炎を放出し続ければ、命を削ることになりかねない。

私の生活を便利にするために命を削れなんて口が裂けても言えないし言うつもりもない。


泥がだいぶまとまるようになってきた。

粘り気があり、光沢感も少しだけある。

これはもしかしたら土器やレンガなどを作るのに良さそうな土なのかもしれない。


使いたい形に手で整えていく。

粘土を捏ねるなんて小学生以来かもしれない。

今小学生くらいの容姿に戻っているので、もしかしたら私を見ている人達は小学生が泥遊びをしているように見えるかもしれない。

だけど、これは必要な道具を作っているのだ。

今の私は魚を獲ることが出来るので、魚の焼き台が欲しい。

最も単純に、少し大きめの板を作ればいい。

それさえあればお皿にもなるし、魚に枝で作る串を刺さなくても何度も焼ける。


あとは水を貯める器がほしい。

あまり大きなものは土器の耐久上無理だけれど、数百mlくらいの容量のものが何個かあれば、何度も何度も池まで水を汲みにいかなくても良くなる。

それだけで1日の時間効率が格段に良くなる。

雨水を貯めたりもできれば、雨の日の翌日も水をくみに行かずに済む。


形ができたら次は乾燥させる。


洞窟で光るコウモリさんたちの居るところは全体的にせいぜい4、50℃くらいだと思う。

局所的にジュガテインさんの目元に近い横穴はかなり高温なので、100℃に迫るかもしれない。

ジュガテインさんがずっといる空間は6、70℃くらいかな。

で、もっと近づけばさらに高い温度なんだろうけど、流石に生身でそこに行くのはつらい。

雨で体温が冷えきっていて、濡れていたから話している間は何とか耐えられたようなもの。


ジュガテインさんの部屋に、形を整えたものを持ってきた。

今も濡れてけっこう体が冷えているので温かくてありがたい。


「ジュガテインさん、こんばんわ。

シュガルインが火を食べてくれましたよ。

お昼寝もたくさんしてました」


「お前か。

そうかそうか、それは良い知らせだ。

ありがとう。


ところで、その手に持っている土の塊は何だ?」


「これは土器にしようとしているものです。

この辺に置かせてもらっても良いですか?」


「土器?

人間の道具かなにかか?


我の炎で燃やす気か?」


「いえ、ここはジュガテインさんの熱で温かいので、ここで乾燥させようと思っているのです。


貴重な炎は使わなくても大丈夫ですが、割れやすいので触らないでいただけると嬉しいです」


「うむ。

それくらいなら問題はない。

シュガルインが元気なうちはいつでも来ると良い」


「ありがとうございます。


それから、ちょっとだけ気になっていることが、少しお尋ねしてもよろしいですか?」


「うむ?

何が聞きたい?」


「シュガルインのことで色々と」


「ほう。

申してみよ」


━━


手作り土器を置く時に、少しだけジュガテインさんに話を聞いてみた。


いつでも来ていいというお許しも得たので、また行きたいと思う。

土器作りでも何度か足を運ぶことになりそうなんだけど、私にとってはもうひとつの方が重要だった。


なんというか、天然のサウナ施設のようなもので、行き来していると血行が良くなって肌の調子が良いことに気がついた。

サウナは体力も使うし水分補給も必要なので、程々にしておかないと干からびてしまうかもしれないけど、気分のリフレッシュにも最適だった。


週末に予定してたキャンプでも、朝早くに出発して、みんなでサウナのある施設に行って、テントを立てて夕方はBBQという予定だった。

思わぬ所でサウナの予定が回収できたので、とても幸運に思える。

しかも無料で入り放題。

サウナーの方々涎垂なのでは?


ジュガテインさんやシュガルインのお兄さん達の目があるので服を脱ぐことができないのが唯一の心残りといえる。

きっと向こうは私が裸だろうとなんだろうと気にする事はないんだろうけれど、私が気になってしまうのでしょうがない。

それでも、天然の岩に囲まれた温室だから、健康や美容に良さそうな効能とかがあれば良いな。


土器の乾燥具合は明日の朝見てみることにして、今日はもう寝よう。

ジュガテインさんはどうやら昼行性らしく、夜の外気温が下がり始めると眠くなるらしい。

私がいるからかろうじて起きているといった感じだった。

ジュガテインさんのところですっかり乾いて温まった体で、洞窟の入口近くの焚き火まで戻ってきた。


「おやすみ、シュガルイン」


焚き火のかたわらで、シュガルインも既に眠っていた。

焚き火に朝までの薪を工夫して置き、私も寝ることにする。

硬い洞窟の地面だったけど、体がホカホカだったのですぐに眠ってしまえた。

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