第12話 収穫
採れたての魚は活きがいい。
手の中で暴れている。
私にとってはかなりの大物だ。
大きさは20cmくらい。
このお魚さんを今から焼いて食べる。
「私が生きるために、ごめんねお魚さん」
生き物の生命を奪うことはあまりしたくはないが、生き残るためには今は他に手がない。
私のエゴで生命を奪うことになるのは申し訳ない気持ちがある。
せめて大事にいただかせてもらおう。
元の世界の動画でみたように、魚の首?の骨を折ってとどめをさすらしい。
そうしないと暴れるから調理が難しく、内臓や血抜きも必要になる。
血が沢山残っていると魚は上手く焼けない。
最悪お腹を壊す。
よく知らない魚は何を食べているのかわからないし、内臓にだけ毒があったり、腐りやすかったりで、素人が食べようとするにはかなり危険を伴う。
知識が足りない時には内臓関連食べない方が無難だ。
だから必ず血や内蔵は取り除く必要がある。
チビカピさんの骨はここでも活躍してくれた。
太い骨を起点にてこの原理で魚の首を折る。
それから魚の腹を割いて、内蔵を取り出す。
元の世界でも一から魚を捌いたことなんてなかったから、不慣れなのと包丁やまな板もないので、骨と葉で代用してかなりの苦戦を強いられた。
それでも生きるため、そしてご飯にありつく為に無心で魚を処理した。
ウロコについても頑張ってできる限りとりのぞいた。
何とか処理が済んだけど、既に日は沈み、辺りはぼんやりとした森の明かりと焚き火の光、それから星々の煌めきだけになった。
苔が多くて虫が寄り付かないためか、魚の処理をしていてもハエなどの羽虫が寄ってこなかったのはとても良かった。
この森が苔に囲まれていて良かった。
内臓と血は葉ごと池に流した。
多分内臓は肉食魚や甲殻類が残さずにいただいてくれるはず。
処理に使ったチビカピさんの骨は、これからも活躍してもらうつもりだから、池の水は冷たいけどよく洗っておかないと。
魚を焼くために最後の仕上げ。
小枝に魚を突き刺す、というよりも、魚に何本も小枝の足を付けたような不格好な見た目になったが、それは気にしない。
だって、私の今の力じゃ、とてもじゃないけど、枝が深く突き刺さる気がしなかった。
要は、魚に火が通ればいいはず。
「焼こう」
見た目は気にせず焚き火の傍に小枝の足がついた魚を立たせる。
「塩とか醤油が欲しいけど、贅沢は言ってられないよね」
魚を焼くなら、塩焼きが定番なんだろうけれど、あいにく塩なんていう調味料はここにはない。
ネットスーパーとかで異世界宅配してくれたら嬉しいんだけどなぁ。
あいにく調味料担当はキャンプ飯にうるさい先輩だった。
クレイジーソルトとか岩塩とかスパイス塩とか、色々な種類の塩を持っていた。
もし週末のキャンプに行っていたら、どんな味が楽しめたのかな?
どんな味なのか想像もつかないのは目の前の魚も同じ、そのまま焼いて食べるしか方法はないが、魚そのものが未知のものなので味も知らない味がするかもしれない。
「焼き加減とかもわかんないなぁ。
レンジのメニュー調理みたいに、できたよって教えてくれたらいいんだけど」
一人暮らしをする時に買ってもらった電子レンジは、メニュー調理の本がついてきたので、最初のうちは書かれてあるその通りの具材を買ってきて、メニュー調理ボタンを押すのが楽しかったっけ。
けっこう美味しかったけど、いつの間にか結構手間がかかるからお惣菜とかに頼る日が増えていった。
「あ〜あ、そういえば。
あの調理メニューの煮魚って、まだ1回も試したことなかったんだった。
こんなことになるなら全メニュー制覇しておけばよかったなぁ」
ハンバーグや煮魚、焼き魚、肉じゃが、グラタン、ビーフシチュー、カレーの下調理など、今の電子レンジは出来ることが多い。
パンを焼けたのはすごく感動したけど、味は正直いまいちだった。
余った小麦粉はパンケーキやパウンドケーキ、クッキーなどにして何とか使い切ったけど、一人暮らしで使い切るには結構大変だった。
もう、あの頃には戻れないのかな……。
私、このままこの世界で死んじゃうのかな……。
焚き火の前に置いた魚はまだまだ焼ける気配はない。
空腹感と疲労感がピークになっている今、どうやら私はホームシックにおちいっているみたい。
体を乾かして温めるために焚き火の近くに体育座りをしていると、おしりも痛い。
お母さんやお父さん、おばあちゃんや弟、友達やゼミ、講義の仲間たちや先生方、バイト先の先輩や後輩にももう会うことがないのかもしれない。
私の19年間はどこかへ飛んで行ってしまった。
そして私は1人で見知らぬ森にいる。
どうしてこんな所にいるのかすら分からない。
泣いていいよね?
あれ、もう泣いてた。
顔を伏せた腕には私の涙がついていた。
「乾かさなきゃなのに、逆に濡らしちゃったよ、ははは……」
私の喉から出た笑い声は乾いていた。
心は笑えるような状態じゃないのだから当然だった。
帰りたい。
元の世界のあの部屋に。
これが夢だったなら良かったのに。
夢だったらこんなに辛くて苦しい思いはしなくていいのに。
こんなに頑張っても、そのうち野垂れ死んでしまうかもしれないのに。
本当は泣いても何ともならないことだってわかっていた。
涙を流したら、体のミネラルが涙と一緒に抜けてしまって、何かで補給しなければならないこともわかっていた。
でも、とめられなかった。
今は服を着ていないから、ルブランだって私のことは見えないだろう。
だから泣いてしまってもわからない。
この世界で唯一の話し相手。
だけど彼に元の世界に戻りたいなんて言っても、きっとどうすることもできないし、彼が私に協力するメリットは全くない。
もし本当に私を妻としたいなら、私を手放すことになるようなことはしないはず。
本気ではなかったのだとしたらなおさら、私の無茶なお願いを聞く必要なんてないのだから。
どっちにしても、彼に聞かせる話ではない。
魚はまだ焼けない。
肌は乾いてきたから、そろそろ服を着よう。
涙を
少し試したくなって、状態の良いもの、ウネウネによる穴がそれほど空いていないものを手に取った。
罠を作るために集めた細長い茎を引き裂いて、細い植物繊維を作り、木の実の穴に通してみた。
木の実が中央に寄り集まってぶつかり、カラカラと音が鳴る。
鳥獣は音やにおいに敏感だ。
もしかしたら、これを身につけておいて、このカラカラという音を鳴らすことで、鳥獣の一部を事前に対策できるかもしれない。
せっかくルブランに貰った木の実だし、有効活用したい。
今日からは、寝てる間も身につけておこう。
気分を変えるためにちょったしたものを作っている間、魚の焼けるにおいがしてきた。
食欲はもともとあったが、それでもさらに食欲をそそるにおいがしてくる。
丸2日ぶりのタンパク質。
異世界のお魚さん、お味はいかがなものかしら?
「あちっ」
熱せられた小枝を持つのは無理そうだ。
新しい小枝を使って火から少し遠ざけて、持ち手の小枝を冷ましてからリトライする。
「あむ……んー!んんんー!
(わー!おいしー!)」
塩や醤油が欲しいと思っていたけど、意外と魚自体の味がしっかりとしていてとても美味しい。
水温が冷たいところにいる魚だったからなのか、少し脂ものっていて甘さと旨みがジュワッと口の中に広がる。
はじめて自分一人で捕った魚を自分で処理して焼いて食べるのは、想像以上に刺激的だった。
隠し味としては最大級の大変さだったけど、明日からもウネウネを餌に仕掛けて、魚を食べたいと思った。
木の実もいくつか食べながら、夢中になって食べた魚のおかげで、お腹いっぱいになった。
栄養バランスも良く、エネルギーとなるカロリーもしっかりと補給できた。
疲労感はまだ抜けないけど、きっとよく眠れば明日までにいくぶん回復が期待できるはず。
寝る前に、魚の骨をしっかりと池の水で洗い流した。
身をしっかり落として天日干ししておけば、長持ちするかもしれない。
この骨は何かに使える可能性がある。
パリパリに焼き乾かせばカルシウムが不足した時に補える。
鍋が手に入れば魚介出汁のスープにしてもいい。
とっておいて損することはないはずよ。
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