少し前のこと

第0話 2日前

━━2日前


僕の体は複数あって、その体は完全に僕のものという訳ではない。

僕自身の生身の体は生命維持装置の中にある。

服を着替えるようにほかの体に意識を移して生活するのがこの街で基本的な過ごし方だ。

そして傍らにはいつも親友のニック(ニコラウス)が共にいる。


「ルブラン、あれとかどんな仕組みなんだ?」


街をぶらついていると、ニックが指し示したのは清掃ロボだ。


「ニック、お前またかよ?

この前も話しただろ?


あれはこの街の床や壁に張り巡らされた磁気でホバリングしながら、地面に落ちてる塵やホコリやゴミを超音波と光学レーダーで捉えて粘着スライムでくっつけたり、アームで回収するお掃除ロボだ。

ゴミとかが磁気に干渉しないようにするのがあいつらの仕事だ。

中身は無感情型AIで、基本的に壁や床ならどんなところでも綺麗にしてくれてるんだ」


「そうだった。

この前教えてもらった時のデータが消えちゃって、悪いな」


「いや、いいよ、ニック。

お前の記憶素子は調子が悪いんだろ?」


ニックことニコラウスは感情型AIロボットだ。

人のように振る舞うことに特化したAIで、しかも性格や表情なんかは、昔この世界のどこかに暮らしていた誰かのトレースだから、きっと誰もが理想的なAIのパートナーを見つけられる。

この街の住人なら誰もが持っているものの一つだ。

一緒にどこかへ出かけたり、おしゃべりをしたり、友達や家族みたいな感覚かもしれない。

人によっては恋人同士の関係を楽しんだり、実際この街ではAIと結婚するなんてことも普通だ。

この世界で独自に発展した文化なのか、それとも異世界から持ち込まれたものかはわからないけど、AIは生殖を助けてくれるし、生殖のない一時だけの関係も可能だ。

生身とは違う気軽さや都合の良さは、利便性を重視すると合理的だし、生身のように傷つけたり傷ついたりということはほとんど考慮しなくていい。

なにしろいつでも任意の状態へのリセットが可能だからだ。

後腐れなく、自身の好きな関係性を保てるのが好まれてる理由だろう。



しかし、俺の相棒はどうも記憶素子に関連したどこかに損傷があるようで、最近それが原因の記憶障害が多発している。

一応、メンテナンス部門で診てもらったが、記憶素子に外傷などはなく、動作テストも特に異常はないらしい。

そうなると、AI側の処理として記憶素子を上手く制御できないという問題が発生していることになるらしい。

普通ならこういう場合、AI自体を初期化リセットしてしまうのが正しいトラブルシュートの手順だ。

でも、僕はあえてそのままにしている。

ニックの記憶が正しいものでなくても、今のところ僕らの関係に大きな問題は起きていない。

それに、これまで散々迷惑をかけてきて、頼りっぱなしだったから、ニックの調子が悪いのを僕がリカバリングするのも、それほど苦にはならないからだ。

あくまで人間的な感情だろうけど、ニックを助けることができるのは気分がいい。

実際のところはその行為に大した意味はなく、AIにとっては正しいトラブルシュートを優先した方が良いのかもしれない。

しかし、この関係を続けるのも悪くないと思う自分がいるので、単にそうしていないだけなのだ。


「ところでルブラン。

今日は何をする予定なんだ?」


「ん〜?

特に何も、ノープラン。

ほかの体で仕事や知識の溜め込みをしているから、この体では特にやることは無いかな。

なにか珍しいものがないかブラブラするつもりだ」


「そっか、じゃあ。

そうだな、あれなんかは珍しいかもしれないな。

エリア53163542へ行ってみないか?」


「何があるんだ?」


ニックに尋ねつつ、ニックの音声からエリア座標をデバイスに読み込ませる。


「それは行ってみて、自分の目で確かめるのが好きなんだろ?」


「お前の言う通りだ。

よし、行こう」


この体用にカスタマイズした転送シークエンスを起動する。

ナノテクノロジーによる極小のマシンが集合して、足元にホバリングギアが装着された。

同時に体にも転送速度やG、摩擦や温度に耐えられて、正常に呼吸ができるようにスーツとマスクが装着される。

転送を開始。

ニックと2人同時、ジェットエンジンなどを点火したように体が浮上し、瞬く間に建物の合間を高速で翔け抜ける。

目的地までの最短ルートを自動的に計算して飛行しているので、操縦免許などはいらない。

ナノマシンのプログラミングは得意だ。

ほかの動体、静体と接触をしないように磁気で反発しあうように磁気方向を常に変更しているので、絶対に事故は起こらない。


「ニック。

着いたら何を目印に探せばいい?」


「人混み、かな?

たくさんの人に囲まれてる。


一応到着地点はその人ごみの中心の真上に設定してある」


「なら探す手間は省けているんだな。

サンキュー、ニック!」


「いつも通り、おやすい御用さ、ルブラン」


このニックの性格も見た目も、誰か故人のものなのかもしれないし、その故人のものにAIの処理が加わっているので、完全には故人のものとは言いきれない。

だけど、この疑似的な見た目や性格に関しては、AIを社会的に許容するためにはなくてはならないものだったとインプットした知識として知っていた。


今では当たり前のことでも、初期のAIには人間の顔や性格を与えようと開発された訳では無かった。

無骨な金属や、古のプラスチック、という素材でできた骨格のままでは鳴かず飛ばずで全く流行らなかった。

しかし、大昔のscience-fiction映画『アンドリオン』や『アイ』、『ターミネトロイド』といった有名作品や、小説などの創作の中では、しばしばAIやロボットが登場し、一定の割合で人間の見た目や性格を持つものが登場していた。

そこに目をつけて擬似的な見た目や性格を人間のものにする計画がスタートしたようだ。

再現には何度も障壁にぶち当たったという。


時のインフルエンサーをイメージキャラクターとして起用して、生きている人間と同じ見た目や性格を取り入れたところ、その人のファンやフォロワーには受けがよかった。

それを機に複数のインフルエンサーたちのモデルを用意して広めはじめた。

しかし、知名度が上がるにつれて、諸問題が出てきた。


街中でインフルエンサーと同じ見た目のAIロボットが溢れて混乱を招いたり、そのインフルエンサーのモデルのAIロボットに卑猥なことや反社会的なことをさせる劣悪な使用者が裏で儲けていたりと、必ずしも正規の使い方をする人だけではなかった。

結局その人達本人らに辞めてくれと請われて、訴訟の手前まで行ったということが大々的にニュースに取り上げられた。

結果として、現在生きている人をモデルにすることは、倫理的な問題が大きいとして、当時の社会の頂点であった国家によって禁止された。


考えても見てほしい。

自分自身と同じ見た目、性格のAIが、他人にいいように使われるのは、精神的なダメージを伴なうことは想像にかたくないだろう。

そして、次の計画では、生きている人をモデルにするのではなく、複数の人の特徴や性格を合成して、新しいモデルを作ることにした。

しかし、それはまた、どうにも人間味に欠けていて、そのモデルたちはあまり需要がなかった。

そして行き着いたのが、誰もが使っているデバイスで収集したビッグデータを活用して、故人をモデルとしたその人らしい見た目や性格を取り入れたものだった。


これには遺族の反対を受けることもあったが、良い面もあった。

数十年前に亡くなった人の姿や性格のAIロボットが、また活躍する機会を得て、誰かを支え、助け、仲間として暮らし、そして時には恋をして子孫を残す。

なかなか悪い面だけではなかったのだ。

DNAの保管は有限のもので、人類の数は減少傾向にあった。

保管されたDNAを活用しなければ失われるだけ。

人の数が急激に減った社会、その問題への解のひとつとして故人が再び活躍し、人類の消滅を先送りにすることに一役も二役もかってくれる。


そして、自分も。

おそらく、自分を元にしたAIも、いつか死後数十年先の未来で、誰かに貢献したり、支え、助け、暮らすことができる。

それらの社会的な問題や利点、思想について広く伝え、理解され、受け入れられてきた。

もちろん、全ての人に受け入れられた訳ではなく、あくまで死んだ時に記録を抹消することができるのも、個人の裁量に委ねられている。

それでも、誰もが今日こんにちのAIロボットの存在に敬意と感謝を抱いていることは確かだ。


建物が密集したところを抜けて、農地やエネルギー区画を飛び越え、エリア区画線も飛びこえた。

再びエネルギー区画や農地を越えて、建物の集合区画が見えてくる。


「そろそろだよ、ルブラン」


「ああ」


見えてきた一角には確かに人があふれている。

みんな中央広場の噴水を取り囲んでいる。

人混みの中には、濡れることをいとわずに噴水に足を浸け、できるだけ近くで見ようと押し寄せている人達もいるようだ。


それほどに珍しいものがあるということか。


衆目の目指す先をみると、どうやら噴水の中央に位置するガラスのオブジェが人々の視線が集まる点らしい。


「あれは……」


遠目からでもわかるほど可憐な人物が目に映りこんできた。


「女性のようだね。

それも若い」


「ああ……でも。

なぜこんな所で眠っているんだ?」


僕は見た瞬間から彼女から視線を逸らすことは考えられなくなっていた。

彼女が眠っているのは、このエリアの中央広場にある噴水の、そのまた中央に位置している『ガラスのオブジェの中』だ。

普通に考えれば、入り込むことなどできない場所。

密閉されているはずのガラスのオブジェの中に、彼女の小柄な体格が真っ直ぐ、仰向けに横たわっていた。


シンデレラフィットという言葉があるらしい。

おとぎ話でガラスの靴を履くヒロインにあやかった呼び方だが、彼女はまるでかのように、そこにピッタリとおさまっていた。

もちろん、生身の人間があのオブジェに入り込むことなどできようはずもない。

中が空洞とはいえ、オブジェと台座の間は隙間なく閉じられている。


「彼女は1人なのか?

近くに彼女のAIロボットは?」


「ルブラン、彼女は未登録だ。

つまり、AIロボットはついていないよ」


「未登録か。

どうりで……

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