第0.1話 赤ずきん眠りシンデレラ

「未登録か。

どうりで……とても美しい……」


細長い手足、頭に赤いフードでもかぶっているのか、ここからではわからない。

が、とても目が離せない。

造形として美しいのか、それとももっと別の何かが美しいと感じるのか、自分でもよくは分からない。

ここに集まった人達もそう思っているのだろうか?


「ルブラン、どうしたんだ?

穴があきそうなくらい見つめるほど珍しかったのか?」


「あ、いや。

うん、そうだな。

ああ、珍しい。

未登録なんてものすごく珍しいじゃないか、ニック」


「たしかに珍しいけど、僕らが目にしていないだけで、実は年間3000体以上は入ってきているから、僕にはその感覚はあまりわからないな。


統計的にも、人型の未登録はそれほどレアって訳じゃないよ。

でも、珍しいもの探しにぶらりと寄るにはちょうど良かっただろ?」


「あ、ああ、そうか。

そうだな、いいものを見れた。

感謝する、ニック。


それで、彼女の名前は?」


「言っただろ、未登録だよ?

名前なんてわかるわけないじゃんか」


「そ、そうだよな。

ごめんごめん、ニック。


なにしろ未登録だものな」


「おいおい、ルブラン……。

さっきから変だぞ?

どこか悪い所でもあるのか?

スキャンしてやるよ」


そういって勝手にスキャンをはじめたニックをほっておいて、僕は彼女を見つめる。

もっと近くで見てみたい。


「っておい、どこ行くんだ!

スキャン途中だっての!?


ちょっと止まれってば、ルブラン」


僕はニックの言葉に耳を貸さずに、噴水中央のオブジェに向かって高度を下げていく。

赤いフードだと思っていたものは、どうやら髪の毛だったようだ。

それも極上に鮮やかで、光沢があり、煌めいて見えた。

透き通るような白い柔肌と赤髪がとても映えている。

スッキリとした鼻筋に、ぷくりと程よい肉付きの頬。

手足は細く小さく、柔らかそうな曲線で構成されている。

間違いなく女性で、そしてガラスのように壊れてしまいそうなほど華奢だ。


「美しい。

君はなんて美しいんだ……。

このガラスのオブジェが君のためにあつらえられたように思えるよ」


ガラス越しに見つめていると、彼女の胸が上下しており、呼吸をしている事がみてとれた。

彼女は生きている!

この世界にとって未知の人物が、この世界の人々と同じように息をして、眠っている。

ああ、彼女はどんな声をしているのだろうか。

彼女の瞳は何色なのか。

どこからやってきたのか。

どうやって未登録のままここにきたのか。

どうしてこんな所で眠っているのか。

どうやって入ったのか。

彼女は何を好んで食べるのか。

彼女は何をするのが好きなのか。

彼女は、どんな人なのだろう……


彼女に問いたい、そして教えてほしい。

彼女を見ていると彼女について知りたいことが尽きることなく湧いてくる。

彼女の全てを知りたい。

そして、……そして?

ああ、これは……そう、たしか……

これこそが……


「ルブラン!今すぐ離れた方がいい!

もうすぐXHD境界守護者がそいつを回収しに来るよ!」


腕を引かれた。

彼女の姿を少しでも長く見ていたくて、僕は無意識にニックの腕を振りほどこうとしたが、ニックの腕はチタニウム合金製だ。

軽量だけど、生身の僕に軽く振りほどけるものではなかった。

為す術なく遠ざかる彼女との距離に僕は大きなため息をつきかけた。


ッッッン!!!


突然の轟音と共にそれは現れた。

XHD境界守護者が使うゲートだ。

20人近くのXHD境界守護者のアーマー制服ユニフォーム姿の人達が、ゲートから飛び出してきて広場に整列する。

1人だけ同じロゴは付いているがタイプの違うアーマーを着ている人がいる。

長い金髪をフルフェイスヘルメットからたなびかせ、戦槍を携えて先陣に陣取る1人。

その1人が指揮官然として警告のために広域強制通信を発する。


「付近の人達は未登録から離れてください。

巻き込んでしまいますので、離れてください。

この警告を無視して巻き込まれた場合の生命の保障はいたしかねます。


繰り返します。

付近の人達は未登録から離れてください。

巻き込んでしまいますので、離れてください。

この警告を無視して巻き込まれた場合の生命の保障は、いたしかねます!


噴水の中央からできるだけ離れてください。

これより未登録個体数1と戦闘を開始します。

我々XHD境界守護者にも未知の個体である為、こちらのとりうる最大戦力で戦闘にあたります。

巻き込まれたくない人達は我々の邪魔をすることなく下がっていてください」



最大戦力。

あのフルアーマー、フルフェイスの指揮官は、XHD境界守護者の中でも指折りの実力者、通称ヴァルキリーだ。

彼女の戦果は有名だ。

これまで何度も大規模の境界侵犯者集団を捕え、殺し、送り返してきた。

1部のXHD境界守護者マニア達の間では、過去の巨大境界侵犯者を討ち取ったことに由来する巨人殺しの異名で称えられている。

任務の際は必ずフルアーマー、フルフェイスの出で立ちのため、実際の彼女の顔を知るものは多くないという話だ。

僕は興味が無いのでおそらく知ることはないだろう。


境界侵犯者たちは必ずしも温厚なもの達だけではない。

この世界を危機的状況に陥らせることも何度もあったというが、どれも彼らXHD境界守護者達の活躍により、未然に防がれているという。

時には境界を超えてくるもの達を狩り、時には追い返し、時には交渉や双方に利益をもたらす協定を結ぶ。

その最前線に立つのが彼らXHD境界守護者たちだ。


その最前線が、まさに今、目の前にあるこの噴水広場であるようだ。

しかし、相手は眠っている1人の少女だ。

XHD境界守護者はどうしてそんな無害そうな少女へ向けて最大戦力などと物騒なことを告げているのだろうか。


「ニック、こういう時って普通なら、まず交渉からじゃあないのか?

よくニュースやライブ映像、ドキュメンタリーで見る時は、まずは取り囲んで相手の戦意を削いだり、通信はできないから声を張り上げて話してる印象だったんだけど」


「ルブラン。

今着地するから、舌を噛まないでよ?

よっと」


ニックは僕を抱えて広場が見渡せる建物のファサードの上に立つ。


「そうだね。

たしかに、交渉はXHD境界守護者のもっとも安全な解決手段だ。

しかし、あの指揮官の方は、未知の個体だからとおっしゃっていた。


XHD境界守護者側に全く情報のない世界から来た可能性が高いんじゃないかな?」


「全くの未知の未登録か。

ニック。

彼女がどうなるのかだけでも、見ていってもいいか?

まさかこの場で殺されるなんてことは無いよな?」


「いいよ。

でも、どうだろう?

危険な個体なのかもしれないし、もしもルブランに危険が迫りそうになったら、絶対に引きずっていくからね?」


「サンキュー、ニック。

お前はやっぱ、俺の相棒だよ」


「何当たり前なこと言ってるんだよ。

ルブラン!動きが」


ガラスが粉々に砕ける音がした。

ガラスの小さな破片がいくらか飛んできたが、このくらいならナノマシンのスーツが盾になってくれる。

壊れたナノマシンは修復プロトコルに従ってほかのナノマシンに運ばれてじきに修理される。


噴水の中央で起きたことを目で追っていたが、ヴァルキリーが1人で突っ込んで行ったように見えた。

それからすぐにまた、轟音と共にゲートがあらわれて、真っ先にヴァルキリーがゲートをくぐり、XHD境界守護者たちも続いた。

あまりに早くて追いきれない。

ガラスのオブジェがあった場所付近に人影はない。

彼女は、彼女はどうなった?


「ルブラン、これ。

見てみてよ」


ニックから映像が転送されてきた。

ニックのズームとハイパースロー機能で捕捉したヴァルキリーの姿がそこにあった。


「これ!なんで!?」


ヴァルキリーの手の中に、赤い髪の子がいるのが見えた。

そして、そのままゲートの奥に消えてしまった。


「なんでだよ!?

あの子、何もしてないよな!?

どうして連れ去られたんだ??」


「僕に聞かれても。

僕はヴァルキリーのAIじゃないからね」


「あの子、どうなっちゃうのかな……?」


「普通に厳正に対処されるんじゃないかな?」


「厳正にってなんだよ」


「然るべきところに送り返されたり?

それか審査されるとか?

拘留されたり、あとは…………ルブランがたまに見てる映像に出てるのも、元は境界侵犯者じゃなかった?」


「あんなか弱そうな子……出るわけないだろ。

しかも、あれに出るのはこっちで罪を犯したやつだけってはなしだし、あの子は寝てただけ、最後まで何もしてなかった」


「おやおや?

ずいぶんとあの子の肩を持つんだねぇ、ルブラン」


「ほっとけ。

ただちょっと、気になってるってだけだ」


「ルブランももう19だしなぁ。

気になる子の1人や2人や3人は当然の年頃だしなぁ。

な、ルブラン?」


「年頃とかじじくせえこと言うなっつの」


まあ、実際数十年も前に亡くなった爺さんの性格なんだから、じじい臭いことを言うのはいつもの事だ。

それよりも、ゲートで連れ去られたあの子のことが妙に気になってしまっていた。

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