第11話 罠の回収へ

ルブランとのおしゃべりの時間はちょっとした安心感をもらえた。

しかし悲しいことに、私は疲弊していて、おしゃべりをしていたら、私が今やらなければならないことに集中できない。

さらに、会話の内容を理解することすら難しくなりつつあった。

混乱しつつある状態で話し続けて、誤解を与えたり、傷つけてしまうことがないとも限らない。

今日のところはこれで話をうち切ろうと提案したところ、彼はそれを快く受け入れてくれた。

そこで最後に、彼は何事かを言いかけ、何度も言い淀みつつ、私に何かを伝えようとしていた。


「うん、それじゃ……


あ、そうそう最後に。



もし君がなにか、こう……。


君がその……なんだ、ええと……もし、見せられないような、なんていうかそういう姿でいる時なんだけど……。

その時は!見えていないから!


具体的にはそう、水を浴びたり、それから、トイレだったり?の時は、そっちの姿は僕にはわからないから、安心して欲しい。

こちらを気にして、出さなきゃいけないものを出さない方が体に悪いからね。

一応それだけは伝えておこうと思ってね。

あと、今の君の格好なら見ることができるようだから、危なくなった時はできるだけ、その、何かしらの服を着ていてくれた方が、僕も状況を把握しやすい。

ってことを、覚えていて貰えたらいいかな。


ご、ごめんね、変なこと言って。

じ、じゃあ、僕の大好きなローザ。

また話せることを、切に願っているよ」


最後に彼が言ったことを私は数瞬考えた。


「……はぁ!?

なにそれ!?」


そして、その意味が理解できた時、少し大きめの声を出してしまった。


……彼からの反応はない。


今朝の時のように、通話が切れたような感覚なのかもしれない。

なんだかよく分からないけど、セーフティーフィルター的な何かがあって、映像も見える時と見えない時があるとでもいうのか?

リアルタイムで見えていそうなのに、それでもセーフティーフィルターがかかるなんてありえるのかな?

魔法的ななにかだったら可能とか?

でも今朝ルブランはシステムがなんとかと、言っていたような…………。


でも、そうよね。

だから私の裸は見られていないってこと?

昨日とか今朝とかトイレのために脱いだりしていたけれど、それもセーフだったってことでいいのかな?

ルブランが私の裸は見えてないってことはええと……さっきの火の話はどういうことなんでしょう?

んん〜?どうゆうことになるの??

本当にダメ、頭回んない。

寝起きだし、相当疲れてるもの。


難しいことを考えても今は結局分からないのかもしれない。

普段の私よりも数段劣る思考能力になっているのよ。

とりあえずは、深く気にせず、そういうものなんだと思って、素直に喜んでおいた方が良いのかもしれない。

ひとりで思い悩んでいた精神衛生的な問題が1つ晴れたのは良いことよ。

これで心置き無く、トイレも水浴びもできるってことだけはたしかなんだもの。


それに、今日は水がそれほど危険じゃなさそうなことも確かめられた。

明日はルブランが言っていたように思い切り水浴びがしたい。

丸2日体を洗っていなかったし、それが続くなら本当に気が滅入ってしまう。

あの麻のワンピースだって洗濯したい。

やっぱり清潔なのは大事。

自然界にはどんな菌や毒やバクテリアなんかが潜んでいるかわからない。

体や手足が清潔ならそれに越したことはない。

この自然の中で気分が晴れることができるのはすごくありがたい。


目の前の焚き火は勢いを取り戻し、燃え盛っている。

彼のおかげでこの炎はある。


完全な孤独ではない、それがこれほど身に染みて感謝したいと思えるのは、もしかしたら私の19年間で初めてかもしれない。

1人で焚き火の炎を見ていると、私はつい、この世界で、もしもルブランが話しかけてくれずにずっと1人だったとしたら、ということを考えてしまう。


元の世界では常に周りに人がいた。

元の世界の去年から一人暮らしを始めたからと言っても、毎日のように友達やゼミや講義で人には会っていたし、週末に遊びに出かけることもしょっちゅうだった。

家族からもちょこちょこと連絡もあった。

一人暮らしを始めたからと言って、あまり孤独感は感じていなかった。


しかし、この世界で目覚めた昨日の朝。

私は孤独とはどういうものなのかを初めて知ることになったし、孤独そのものへの不安を抱えることにもなった。

その不安が水面下では、私の精神を徐々に削っていた……。

1人で水を探し、光る森の中を彷徨い歩いている時、何度も転びかけ、1人では登れないような大きな木の根に行く手を阻まれた。

誰にも相談できない。

自分の持つ記憶にしか頼ることができない。

自分が間違ったことをしても、危ないことをしでかしそうになっても、誰も私を止めてくれない。

自分で考えて全てを決めなければ、結局自分が困るだけ。

何事も前向きに考えないと、サバイバルで生き抜くことはできないと、多くのブッシュクラフターやサバイバリストたちは言っていた。

絶望こそが最大の敵と知っていたから、意図して孤独になってしまったことを考えないようにしていた。

思考はなるべく生き残るために集中して研ぎ済まそうとしていた。

そうは思っていても、誰もいなかったらどうしようという不安感は、徐々に私の足や腕に絡みついてきた。

孤独は想像以上にきついもので、常に付きまとっていた。

意識して蓋をしないとダメだった。


今朝、もしもルブランが私に話しかけてきてくれていなかったら、今日は生き延びていなかったかもしれない。

彼の声がするということは、この世界にも私以外の誰かがいるんだという小さな希望を与えてくれた。

今朝の彼はやけに芝居がかった口調というか、なんだかねっとりとした声の感じが、正直なところ少し気持ちが悪くて、私は冷たく接してしまったけれど。

それでも、私のためにと食べられる木の実をくれた。

どうやったのかはわからずじまいだけど……。

何より、見守っていると言っていた。

この世界にも話せる存在がいて、しかも私に好意的だという安心感みたいなものが少しだけあった。

そしてその言葉の通り、彼はずっと私のことを見守ってくれていた。

今度は口調は今朝と違って、普通?な感じだったから、余計に安心感があった。

また話したいと言ってくれた。

肉体的にも精神的にも、彼は支えになってくれている。

彼がいなければ、私はすぐにでも孤独に押しつぶされていたのかもしれない。


焚き火にあたってその炎を見ていると、色々と思い返してしまう。

もう十分に体は温められた。

次にすることは決まっている。


「そろそろ罠を引き上げてこないと」


焚き火の明るさが増してきたことに比べて、周囲の日射しはどんどん暗くなりつつあった。

いくら光る森が周りにあっても、池の上ではそれほど頼りになる明かりは無い。

どういう訳か、水の中では苔や海藻は光らないらしい。

だから、日が完全に落ちたら罠の回収は一層大変になる。

そろそろ行かないと。


池の水への躊躇はもうない。

冷たい水が下半身を濡らす。

全身にあまり余力が残っていないと感じた。

日焼けの対策を怠ったがために、体を再び冷やさなければならなかったし、ほんの数時間だと思うけど、体を温めずに眠ってしまったことで、体の調子は良くない。

これが生き残るための最後のチャンスかもしれない。

ルブランが起こしてくれていなかったら、私はこのチャンスすら掴めずに終わっていたのだろう。

彼のくれたこのチャンスは、なんとしてもものにする。

そして願わくは…………またあの声を聞き、元気な時の普通の私を知ってほしい。

欲を言えば、その上で見守っていてほしいし、わたしも彼についてもっと知りたい……。

彼が何者なのか、人間なのか、この世界の住人なのか、それとも私のように他の世界から来たのか。

どんな暮らしをしているのか。

どんな見た目をしているのか。

何歳なのか。

私はほとんど見られているのに、彼は声と名乗った名前しか知らない。

それは不公平でしょ?


冷たい水をかき分けながら、体力の限界との格闘は続く。

罠へ一直線に向かっていると、僅かながらの希望の兆しがあった。

私が突き立てた枝がグラグラと動いている。

何かが、かかっているかもしれない!

気持ちははやるが、体はこれ以上早く進むことができない。

逃げてしまわないことを祈りながら、できる限り前に前に進んで行く。

もう少しで水底に突き立てた枝に手が届く。


突き立てた枝を私の左手が掴んだ。

枝を揺さぶる振動が伝わってくる。

これは確実に何かいる!

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