エピローグ

あの時の

 眞白の部屋の玄関の鍵がかけられると、俺は外の廊下でそのまま立ち尽くしてしまう。うららかな陽気の中に包まれながら、俺は少し前の眞白の表情を思い起こす。少し恥ずかしそうでいて、俺を思いやるような大胆な眞白の温もりは、抱かれていて本当に安心するのだ。

 眞白の部屋で脱いだパーカーやズボン、パンツをもう一度着なおしたから、少しだけ動きにぎごちなさを感じたけど、そのまま俺は振り返り、階段まで歩いた。

「あ」

 俺はそう声を上げる。

 そこには、階段を上がってくる亮二がいた。

 亮二が俺を見ると、こんちゃ~と明るい挨拶をした後に、にやにやとした表情に変わった。

「あれぇ~? まーくんの部屋の前にいたってことは、もしかしてさっきまでズッコンバッコンだった的な? ゆうべはおたのしみでしたね、みたいな~?」

「ちげえわ!」

 違くないのだけれど、こいつにいじられるのだけは癪に障る。

「ああ、そうだねそうだね! 今は夕べじゃないからね!」

「そっちじゃねえわ!」

 頬を真っ赤にしながらそう突っ込むと、亮二はくすくすと楽しそうに笑った。

「ああ、良かった。あっくんが楽しそうで」

「なんだよ急に……」

 俺は不機嫌になって髪の毛をポリポリ掻く。

「いやさ、めっちゃ鬱っぽい時期あったじゃん」

「やめろ、思い出したくない」

 コント的な亮二との会話の雰囲気が、俺の声のトーンで一気に重たくなる。あれからもう、薬を飲むのはやめた。

「あ、ごめん」

 亮二は素直に謝る。こいつ、こういうところだけは潔いよな。

「まあ、帰るわ」

 俺は顔を上げ、また階段を下り始めた。

「うん、じゃーねー」


 ロビーを抜け、俺は一直線に俺の家へと歩く。

 太陽が照り付ける中、少しだけ涼しい風が吹いても、俺の中にある眞白の温かさの残滓が、俺の熱いままの体温を保っている。

 そのまま歩いていると、俺は後ろから腕を掴まれた。

「っ⁉」

 俺が驚いたのは、掴んできた手が、小学生くらいの小ささだったということだ。その手が離されると、俺は後ろを振り向いた。

 そこにいたのは、パーカーのフードをかぶった小学生ぐらいの少年だった。

「え、だれ……」

 いかにも怪しい目が俺に向けられ、俺はなぜか動けなくなる。

「事後の所すみませんね、亜黒さん。ボクはハイイロさんという名前だよ」

 俺をからかうような声。

「なに、君は……?」

「あなたにとっての眞白さんの好感度を下げることはしたくないんだけどね。ボクは亜黒さんに話したいことがあるんだよ」

 この少年は、俺だけじゃなくて、眞白のことも知っている? それに、この少年は何を言っているんだ? 俺は、眞白がどんなやつであろうと眞白を愛しているのに。

「君は、誰なんだ」

 まるで何かの義務感に後押しされるように、俺はその質問をしていた。

 少年は、フードを剥がしながら俺に視線を向け、言う。


「あの時の胎児だよ。大丈夫、ボクはキミを恨んでなんかいないからさ」

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罰欲センサー うすしお @kop2omizu

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