最終話 真っ白

僕と亜黒

 受験が終わり、僕は第一志望の公立高校に合格した。その高校は、僕が中学生の頃の帰り道にあり、交通の便が良かった。そして、亜黒もおんなじ高校を選んだ。

 僕と亜黒は、晴れて恋人同士。

 二人とも高校に合格して、入学式の日までの日々を過ごしていた。


 その期間は特に外に出歩く用事は無く、僕は一人部屋にこもって本を読んだりすることが多かった。頻繁に亜黒を呼び出せるほど、亜黒は暇ではなかったし、僕も、一人でいる時間が嫌いというわけではなかった。

 でも、お母さんはあまり外に出ることのない僕を気遣って、お遣いでもしてきたら、と僕に買い物メモとマイバッグと一万円札を渡した。

 午前十時になると、僕は気だるい体を動かしながら、とぼとぼスーパーへと歩いた。

 僕の歩く街は本当に明るく、電車の音や車が行き交う音、小さい子供たちが家族と一緒に戯れる音だったり、さまざまな音であふれかえっていた。

 温かな陽気が、この街全体を包み込んでいた。

 スーパーは僕の合格した高校と向かい合うように建っている。その間の歩道は桜並木となっていて、僕はスーパー側の歩道から、その桜のトンネルを見ていた。

 スーパーに入って一通りのものをかごに詰め、会計を済ませて商品をバッグに入れ、持ち上げた。意外に重量を感じ、体力の衰えを感じた。

 ガラス越しに見える桜を眺めていると、とある人影が見えた。その人もスーパーに向かっているみたいだった。

 僕は入り口まで足早で歩き、入り口のフラワーショップのにおいを感じながら、スーパーに入ってくるパーカー姿の亜黒を見つけた。

「あ、まーくん!」

 亜黒は僕の所に駆けつけ、とびっきりの笑顔を見せた。

「あっくん、おはよ」

「ふふっ、どっちかって言うとこんにちわ?」

 そんな他愛ないことで笑い合い、僕は訊いた。

「あっくんも買い物?」

「うん。昼飯軽く買ってくだけ。ねえ、今日、まーくんのうち行っていい? 最近俺、なかなか時間取れなかったし……」

 そう言う亜黒の声は、少し恥ずかしそうでもあり、それでも何とか明るさを保とうとしているようでもあった。


 亜黒は買い物を済ませると、二人で僕のマンションまで向かった。

 僕たちはリビングで一緒に昼食を済ませ、その後は僕の部屋で二人はベッドに座ってテレビゲームなんかをしていた。

 それに飽きると、僕たちの間で、お互いの心を探るような時間が始まった。

「なあ、まーくん……」

 亜黒の低い声と、そこから感じる僕への期待を僕は汲み取り、僕は隣で胡坐をかいている亜黒の肩を掴み、ベッドにゆっくりと押し倒した。これが、僕たちの時間の、いつもの始まりだった。亜黒は無抵抗に、パーカーのフードが後頭部を受け止めるような形で押し倒される。

 亜黒の体温。亜黒の火照り。色っぽく、それでもキリっと向けられた亜黒の視線。パーカーの中から現れる亜黒のすらっとした首筋と鎖骨。そして亜黒は無防備に目を閉じる。僕たちの服と布団が擦れあう音と互いの心拍音がやけに大きく聞こえ、僕の体はだんだん熱い興奮に包まれる。

 目を瞑った僕は亜黒の口に顔を近づけながら、静かに思う。

 これは、本当は手に入らないはずのものなんだ。この亜黒の体温も、抱きしめてくれるような温もりも。

 僕たちの舌は絡み合い、お互いにこの興奮を分かち合う。

 この興奮でさえ、僕は間違えた方法で手に入れてしまった。

 だから、と僕は思う。

 この熱が冷めてしまわないように、僕は亜黒との関係を守り続け、これからいくらでも降りかかる間違いに怯えないように生きていかなければならないのだと。

 

 

 

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