告白

 外はもう真っ暗になっていて、住宅街の街並みは暖かな光に包まれている。

 ゆっくりと雪が降り、マフラーと首の間に落ちては体がひんやりと冷たくなる。

 僕は涙目になりながら、白い息を吐いて凸凹な雪の地面の上を走っている。しゃくしゃく、コツコツ。僕が足跡を作るたび、そんな感触を指の先まで冷え切った足が覚える。

 街中は、イルミネーションやクリスマスツリーを飾って、なんだか浮かれた気分を醸し出し、僕はその空気にはじき出されている気分だった。

 ほら、クリスマスのプレゼント何がいい? 僕、車のおもちゃ! 私、かわいいお人形さんが欲しい! よし分かった! じゃあ、ちゃんと偉い子にしてるんだぞ! 悪い子には、サンタさんは来てくれないからね。

 どこかから、楽しそうな声がする。

 僕だけが分かっている。

 ここは、僕の罪で塗り固めた世界なんだと。もうすぐ、それが崩れようとしているのだと。

 真っ暗な上空には、まるでレーザーを上に向けたみたいに、赤い点がぽつぽつとでき始めている。

 間に合って。間に合って。

 今の時間は午後五時三十分。残り時間はあと三十分。そこで僕は、ちゃんと亜黒に告白をするんだ。


「はあ、はあ……」

 体力のない僕は公園の前で膝をつき、呼吸を整える。小さな階段の上には、電灯に照らされながら僕を見て驚いている亜黒。

「まーくん!」

 厚着に着込んだ亜黒は走って、階段を下りて僕の所に駆け寄る。

「大丈夫? そんなに急がなくても……」

 僕は息を大げさに吸って吐く。走っていたからか、緊張からなのか分からないけれど、心臓が僕の胸の中で騒いでいる。

「うん、大丈夫。それより……」

 僕は体を無理やり動かして階段を上る。そして、戸惑っている亜黒を見下ろす。

「ちゃんと、あっくんと話さないと」


 僕たちは小さな公園の真ん中で、向かい合って立っていた。電灯は、それをスポットライトみたいに照らしている。公園に降り積もった雪を、二人の吐く息を、亜黒の瞳を、輝かせている。

 小さな柵や、木製のベンチ、鉄棒やブランコなどの、錆びた小さい遊具。雪をかぶったそれらに包まれたこの場所で、僕は声に出した。

「僕、ずっと言いたいことがあった」

「……」

 亜黒は、僕を真正面から見て、寒そうにポケットの中に手を突っ込んで、静かに僕の言葉を聞いている。

 僕は、乱れていってしまいそうな呼吸、鼓動を抑え、何とか声に出した。


「僕は、亜黒のことが、好きです……」


 そう言った途端、僕の体は、耳から足のつま先まで火のついたように熱くなり俯いてしまう。

 亜黒は驚いたように、ポケットに突っ込んでいた手を出した。手袋のもこもことした形が目に入る。亜黒が口を開けたまま、静かに立っている。

 最初に告白した時のような、あんな言葉は飛んでこない。

 もしかして、と思う。

 もしかして、亜黒はさ……。

 ずっと、僕は不思議に思っていた。どうして亜黒が、あんなに僕を突き放すようなことを言ってしまったのか。

 僕は薄々気づいていた。亜黒の本心に。亜黒の、本当の気持ちに。

 ねえ、本当はさ、亜黒はあんなこと言いたくなかったんだよね……。と、誰に言い聞かせても分かってもらえないことを、頭の中で思う。

 亜黒は優しく口を閉じる。僕は前を向く。亜黒は優しい顔で、僕に近づいてくる。僕はそのまま立っている。


 そして僕は、亜黒に抱きしめられる。


 ぎゅうっと、亜黒の抱きしめる力が、僕の体の芯まで届いて、僕は亜黒の温もりを感じている。僕も亜黒を離したくなくて、腕を背中に回して抱きしめる。

「ああ……」

 この公園の冷気を吸い込むように、カチコチに凍ってしまいそうなくらいに、僕は息を吸い込み、声にならない声を上げる。

 亜黒の肩に顎を預けながら、ぎゅっと目を瞑ると、せき止めようのない涙が溢れてくる。

 そして、息を吸う亜黒の音が聞こえてくる。


「俺も、眞白のことが好きだよ」


 はっきりと、亜黒は僕の耳の隣で言った。僕たちは抱きしめる力を一層強くする。お互いの厚着が擦れる音がする。


 ……そうか、そうだったんだね……。


 僕は、やっとわかった。亜黒がずっと、隠してきたものが。それは、罪なんかでは、まったくなかった。

「俺、今まで本当の事を言えなかった。眞白を悲しませたくなくて、眞白に嘘をついてしまいそうだった……」

 亜黒はそう言った。

 そうか……。

 そうだったんだ……。

 じゃあ、僕が初めて告白した時、亜黒が言ったあの言葉は、全部嘘だったんだ……。

 じわじわと、これ以上ない幸せとこれ以上ない後悔が襲い掛かってくる。

 ……だったら、僕のしたことは、なんて愚かで自分勝手なんだ。

 僕があの時パニックになっていなければ、もっと自分と、亜黒と向き合っていたら、こんなことにはならなかったはずなんだ……。

 それなのに僕は、亜黒を殺してしまった。

 罰欲センサーに縋ってしまった……。

 いやだ。

 これ以上離れたくない。

 お願いだよ。僕はずっと、この幸せに、温もりに浸かっていたい……。

「ああああああああああああっ……!」

 亜黒の肩に顔をうずめながら、真っ赤なひび割れが広がる上空を見上げながら、僕は赤子のように泣いてしまう。

 僕がもっと、ちゃんとしていたら……僕は幸せだったのに……!

 亜黒が、泣いているのが分かる。それでも、亜黒は僕を抱きしめながら僕の頭を優しく撫でる。

「本当に、ありがとな。俺の弾いたピアノを聴いてくれて、俺と一緒にいてくれて……。俺はめちゃくちゃ、しあわ……」

 

 そして、亜黒の声が途切れる。僕は息を呑む。

 いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!

 それでも、容赦なく世界の時間が止まる。世界の色が、白と黒と赤だけになる。

 世界が揺れる。僕は時が止まった亜黒に抱きしめられながら揺れ、そして膝から崩れ落ち、抱擁がするりとほどける。僕は立ち上がって、亜黒を向きながら後退する。

 そしてまた世界が揺れ、僕は雪の地面に這いつくばる。

「ああああああああああああああああああああああああ‼」

 こぶしを握り締め、ぼこぼこと雪の降り積もった地面を殴る。

 僕がもっと、罪に向き合える人間だったら、なんて考えたって、もう遅い。


「これが、キミの周りに取り囲まれていたすべての真実さ」


 揺れが収まると、ハイイロさんの声が聞こえた。

 はっ、と、僕は前を向く。

 時間の止められた亜黒の背後に、ハイイロさんの背中があった。

「ボクがキミに伝えたかったのは、こういうことさ。自分を許せなかったキミなら、きっと罰欲センサーに縋る。そして、すべての真実を知ってもらって、元の世界に帰る。すべて、ボクのやりたいことは終わった」

 僕は、ハイイロさんを見ながら、ゆっくりと立ち上がる。


「さあ、元の世界に帰ろうじゃないか。……って言いたいところだけどさ」

 ハイイロさんはゆっくりと僕の方へ顔を振り向かせる。その眼にはほとんど光が灯っていない。

「どうして、キミは包丁なんか持っているんだい?」

 

 

 

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