未来のない僕

「なんだ、って……?」

 僕は一瞬、亮二のその反応に理解が追い付かなかった。

 僕はもっと真剣な顔をされたり、シリアスに答えられたりするのかと思っていたから、長い間抱えてきた悩みをそんなことか! で優しく笑い飛ばす亮二に驚いてしまった。

「で、まーくんはどうしたいの?」

「え⁉ えっと……」

 もっと亮二に僕の気持ちを理解させる時間が必要だと思っていた僕は、あまりにも把握の早すぎる亮二の問いにあたふたしてしまう。

「ちゃんと、気持ちは伝えたいとは思うけど……」

「そっかー、じゃあ、俺がまーくんの恋路を応援してやればいいってことだよね!」

「え、ええっ⁉ もうちょっとさ、おかしいとか思わないの?」

「なんでそんなこと訊くのさ。別に、まーくんはあっくんになんか特別な感情があるんだろうなーっていうのはなんか分かってたし。男が男に恋するとか、おかしいことでも何でもないっしょ」

 僕はその亮二の言葉に、ほとんど感動のようなものを覚える。僕と亮二ではきっと、見ている世界が全く違うのだ。

「んで、話を戻すけどさ、まーくんはあっくんに告白をしたいんだよね?」

「うん……」

「まーくんは多分、どう告白したらいいのか悩んでるんでしょ」

「うん……」

 もう、僕の感情は亮二からは丸見えだ。

「じゃあさ、俺がその計画考えてやるよ」

「え、いいの?」

「ああ、俺に相談しに来たってことは、そう言うことだろ?」

「うん……」

 亮二はよいしょ、と足を少し上げてベンチから立ち上がり、僕を振り向いて言う。

「とりあえずさ、修学旅行とかあるし、本格的に告白のことを考えるのは後にしようか」

「わ、分かった」

 心のどこかで焦っている僕を抑え、そう言った。

 あー告白するとしたらどこがいいのかな、水族館とか? 吊り橋効果とかよく言われるなー。映画とかいいかもなー。とりあえずお金は俺が全部おごってー。と、亮二はそんなことを早口で呟いている。

「まあとりあえず、まーくんが告白しやすくなるようにいろいろ考えとくわ!」

「あ、ありがとう!」


 僕と亮二はまた、マンションに向かって歩き始める。今度は二人、肩を並べあって。

「もし告白して、あっくんがオッケーしたらどうする?」

 隣から、にやにやした顔で亮二が訊いてくる。もう告白の結果を知っている僕は、どう答えていいかわからなくなる。

「うーん……」

「もしオッケーだったら、俺が赤飯炊いてやるから!」

「も、もしダメだったら?」

「そん時は俺のおごりで焼き肉食べ放題でも行くか!」

「そっちの方が豪華じゃない?」

 いつの間にか僕は、亮二のテンションに飲まれ、楽しい気持ちになっていく。

「あ、後さ、これからの事、ちゃんと考えた方がいいと思うぜ?」

「え?」

「あっくんに告白するってことはさ、要するに、今までの友達としての関係がなくなっちゃうってことだろ? それに、来年俺たちには受験が控えてるし」

 僕はそのことを聞いて、はっとする。

 そうだ、亮二には、ちゃんと未来があるんだ。

 僕はただ、亜黒に告白が出来ればいいとだけ思っていた。亜黒に告白して、罰欲センサーという魔法を解いてもらい、元の世界に戻る。だから、今いるこの世界線での未来なんて考えていなかった。僕が告白して、それで終わりでも、この世界線は続いていく。亮二から見たこの世界は、ずっと続いていく。未来のない僕は、その世界に手を伸ばすことは出来ないのだ。

 そのことを思って、僕は黙ってしまった。


 マンションに着いて自室に入る。カーテンの閉め切った部屋は、静かで暗い空気に支配されている。

 電気をつけ、人工的で乱暴な光がそれを塗り替える。

 電気がついた瞬間、目の前にハイイロさんが現れた。

「うわっ⁉」

 僕はドアに背中を押し付けて驚く。ハイイロさんの姿を見て、僕は一気に非現実的な現実に引き戻される。

「ははっ、ホラーじゃよくある演出の逆バージョン、結構びっくりしたっしょ」

 ハイイロさんにフレンドリーに言われ、僕は戸惑ってしまう。

「まあいいや、ねえ、キミ」

「な、何」

「今日、あんたの人殺しがなくなった世界を、あんたはどう思った?」

 そう言われて、僕は考え込む。

 僕は、車に轢かれて受けた痛みの対価として、十日間この世界を享受する権利を受け取った。本当は後ろ指を差されて生きていくはずの僕が、こうやって暮らしていることに対して、いったいどのような感情を持てばいいのか、どのように受け止めるべきなのか、よくわからなかった。

 告白をやり直したいと言ったのは、亜黒の拒絶の言葉に感情的になった自分が憎かったから。それに、ちゃんと僕の想いが亜黒まっすぐ伝わっている世界があってほしかったから。そんな理由で、僕はこの世界にいることを選択したんだ。

 だけど、自分の感情がそれをどう受け止めているのか、はっきりしていない。

「やりたいことは進んだけど、まだ、よくわからない……」

 僕はただ、そう言った。

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