教室
ふたりはイライラしながら学校への近道を通った。『フリータイム』の裏路地沿いにある空き地を通り抜ければ、すぐそこに光輝高校が見える。
颯が言った。
「なんか、しばらくピザとか食えそうにない」
「俺も」
「真っ赤なトマトソースは飛び散った血と肉片。とろ~りチーズは脳みそ……」
勇気は眉根を寄せてあからさまに不快な表情を浮かべた。
「……やめてくれ。マジで具合悪くなる」
「てか、あの玉木とかってやつ、超ムカつく。偉そうに」
「ああ、思い出しただけでイラッとする」
二人が空き地に足を踏み入れると、数日前に颯と殴り合いをした上級生の新庄豊(しんじょう・ゆたか)がこちらに向かってきた。
喧嘩は颯の圧勝だった。それが悔しくて待ち伏せしていたのだろう。
茶髪の豊が口元に笑みを浮かべる。
「よう……」
豊と対峙する虫の居所が悪い颯。
「また殺されに来たんすか?」
豊とつるむワルの松木明彦(まつき・あきひこ)が、空き地の隅に建つ小屋の影からフラリと出てきた。
「なんだ、こんな女顔に負けたのか?」鼻で笑いながら颯を見る。「二、三発ぶん殴ったら大人しくなるだろうよ」
豊が颯に言う。
「テメーの自慢のツラ潰してやるよ」
「センパ~イ……オレら無茶苦茶、機嫌悪いんすよ」指の関節を鳴らした。「二人いれば勝てると思ったのか?」と言ったあと、ふたりを睨みつけた。
「生意気言いやがって!」
豊が颯に蹴りを仕掛けた、それと同時に颯も蹴りを仕掛ける。互いの脚がクロスし、豊の顔面に颯の蹴りがヒットした。
豊の足がわずかに颯の顔面に届かなかったのだ。
ニヤリと口元の端に笑みを作った颯。
「リーチの差ってヤツ?」
地面に倒れた豊を見て、明彦がブチ切れた。
「テメー!」
勇気が構える。
「オレも参戦したいなぁ」
「ナメた真似しやがって!」
明彦が勇気の顔面に拳を投げたが、勇気はそれを素早く躱し、こめかみに回し蹴りを喰らわせた。脳震盪を起こした明彦は、豊の隣に倒れた。
泡を吹いた明彦に拍子抜けした勇気。
「あっけない……寝るの早すぎなんすけど」
「こいつらさ~、いっつも口だけなんだもんな。手ごたえゼロ。行こうぜ」
「だな、学校のくだらない体育の方がマシ」勇気が肩揺らして笑った。「てか、オレら足癖悪すぎ」
颯と勇気は何食わぬ顔で学校へと向かう。
普段なら学校前のコンビニに寄るところなのだが、エグイ死体を見たばかりの二人は食欲不振の為、まっすぐ学校のエントランスに入った。
だが、教室に直行せず、男子トイレの個室に入る。勇気はスラックスのポケットから煙草を取り出し、一本銜えて、颯に差し出す。
颯も煙草を一本取り出し、ライターで火を点けて一服し始めた。
溜息と一緒に煙を吐き出す颯。
「なんかさ~、あんな死体見た後で授業とかやる気しないんだけど」
悪戯な笑みを浮かべる勇気。
「見ようと見まいと、いっつもやる気ないじゃん」
「確かに、それもそうだな」軽く笑って答える。「次の授業、音楽だっけ?」
「うん。カラオケの予行練習にピッタリだ」
「オレさぼる。みんなで歌うとかマジでムリ」
二人は吸い殻を便器に捨て、水を流し、休憩時間中の教室に向かった。
クラスメイトが雑談を楽しんでいる中、ツインテールの鈴木沙也加が冷ややかな目を勇気に向けてきた。
「あいつ、マジでいつまで怒ってるんだよ。女って一度怒ったらしつこすぎ……オレ毎日謝ってるんだけど、ぜんぜん許してくれないんだぜ」
「取敢えず、許してくれるまで謝れば?」
「超人事……」
勇気は機嫌を取る為に沙也加の許に歩み寄った。
「ごめんねぇ、沙也加」新しく購入したと思われるリボンモチーフのピアスを褒めてみる。「そのピアス可愛いね。似合ってるよ」
「このピアス付けるの三回目なんだけど」
「……。いや、その」気まずい。「沙也加が付けるといつも新鮮で……気が付かなかったぁ……あははは……」
「他の女のお尻ばっかり見てるから気づかないのよ」
「沙也加のお尻が一番」
(いつまで怒ってんだよ!? 勘弁してくれよ)
「一番? じゃあ二番は?」
「…………」
頬っぺたを膨らませた沙也加は、勇気を無視して本を読み始めた。
勇気は目を疑った。
(沙也加が活字だらけの本を読む!? 天変地異が起きるだろう!)
あり得ない光景に驚きながら本のタイトルを見る。
『自叙伝 Xプレーヤーへの道 青木龍(あおき・りゅう)』
「これって……『X』の本」
颯も沙也加の席へと足を向けた。
「『Xプレーヤー』? 青木龍って誰?」
沙也加は答えた。
「『X』を三度勝ち抜けた『リアル・プレイヤー』は『Xプレイヤー』って呼ばれるんだって。賞金も高くなるし、難易度の高い『X』には必ず誘いがかるらしいよ。一度ログインしたら最後。死ぬまでログアウトできないみたい」
ネットカフェの男もログインしたから死んだんだ。だったら早い話、「ログインしなきゃいいじゃん」とあっさり返した。
「う~ん、事はそう単純じゃないみたいだよ。 "デスゲームの神” って名乗る謎の人物に大切な人をさらわれた人たちが、やむを得ずゲームにログインする場合もあるみたい。
あと、賞金が目当てでゲームにログインする人。日常生活では味わえない刺激と興奮が欲しくてゲームにログインする人。人それぞれ『X』にログインする理由があるみたい。青木龍は死を恐れない賞金稼ぎなの。それと同時に刺激を求める『Xプレイヤー』だってこの本に書いてあるよ」
何だかよく解からんが、胡散臭い本だな……と二人は思った。
たった今、人間爆破を目の前にした。
あんなのが日常茶飯事で行われるゲームで生還できるわけがない。
「はは」小馬鹿にするように鼻で笑う勇気。「嘘くさ! あり得ない」
勇気の笑いにカチンときた沙也加は、カラーページに載っている青木の写真を見せた。
金髪の坊主に入れた幾つものライン。ゴールドのジャラ付けピアスに、高級なロレックスの腕時計。
褐色の肌に、鍛え抜いた肉体美。黒のカルバンクラインのボクサーパンツのみだ。自慢のセブンインチマグナムをしっかりと包み込んでいる。
勇気が顔を強張らせた。
「な、なんだこのナルシー全開エグザイル風の男は……」
「勇気よりぜんぜんカッコいいし! 五歳年上だし、頼り甲斐ありそうだもん」
「はあ!? 久々にまともに口を開いたかと思えばソレかよ!?」
沙也加が教室の壁時計を見上げる。
「あ、そろそろ音楽室に行かなきゃ」
憤然とした表情の勇気が颯に言った。
「んじゃ、ストレス解消に歌ってくるわ」
「お、おう」
特定の相手を持つと大変だなと思いながら、最後尾の窓際の席へと腰を下ろした颯は、結局全てがかったるくなり、鞄を手にして席を立った。
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