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 22時17分。


 仄暗いアパートの寝室で、体を擦らせる音と吐息が入り混じる。


 颯の背中に腕を回す女。

 「あっ……ん……颯……気持ちいいよぉ……」


 「オレ、いきそう……いっていい?」


 「その前に、キスして」と女がねだる。


 颯はセックスフレンドの唇に、自分の唇を重ね、舌を絡めた。


 互いの唇に唾液の橋が伝う。

 

 激しく体を重ね合う二人は行為を終えると、女は愛を語らずに服を着て颯のアパートを去った。


 性欲処理のみのセックス―――17歳という若さでありながら、割り切った大人の関係しか求めない。


 愛を確かめ合う部類のセックスはオレも女も求めちゃいない。だからセックスした後はいつも思うんだ。


 気持ち良ければそれでいいって―――


 Tシャツとスウェットパンツに着替えた颯は、カップ麺を啜りながらインターネットを立ち上げた。


 検索欄に『デスゲーム『X』』と打ち込んだ。


 ネットカフェの『フリータイム』で体験したあの出来事がもうはやユーチューブにアップされていた。


 顔面爆破の男の動画を撮った客のスマートフォンは、警察が証拠品として一旦押収するはずだ。


 それがアップされているという事は、嘘をついてスマートフォンを警察に渡さなかった客の仕業だろうと思った。


 (確かにプライバシーの問題に関わるスマホを渡すなんて嫌だし、オレも軽く嘘ついたから人の事は言えないな)


 検索しながら溜息をつく。

 「ロクな情報載ってないな」


 パソコンの電源を切ろうとした時、スマートフォンの着信音が鳴った。


 画面を見てみると、勇気からだった。


 颯は通話ボタンをタップし、スマートフォンを耳に当てた。


 「もしもし」


 『あ、オレ、勇気だけど』


 「おう、どうした?」


 『なんか……沙也加と別れるかもしんない』


 「ええ!? なんで……」


 本気で人を好きになれない颯は、仲睦まじい二人を見て羨ましい気持ちもあった。


 勇気には沙也加しかいないって思っていたのに……


 颯は、ふとパソコン画面を見た。


 電源を入れたままのパソコン画面が真っ暗だ。まだ時間は経っていないのに……なぜ……まさか故障?


 「あ、あれ?変だな……」


 『颯? どうした?』


 真っ黒い画面に、赤い文字で書かれた文章が、画面下部から押し上げられるように表示された。



【『X』にご招待】


 【こんばんは、季路颯君。私は『X』の生みの親であるデスゲームの神である。私と云う神が創造したリアリティー・バトル・デスゲーム『X』は通常のオンラインゲームとは異なり、プレイヤー自らがユーザー登録するゲームではない。

 神に選ばれしプレイヤーのみが、プレイする権利を与えられるのだ。光栄と思え。『X』の醍醐味は命懸けであること、そして賞金を手に入れらることだ。

 『運』『腕っ節』『推理力』を必要とする『Xゲーム』の生還者には三億円を授与する。『Xゲーム』から三度の生還を果たした『リアル・プレイヤー』を『Xゲーム』専属の『Xプレイヤー』とし、賞金額を一億円上乗せしよう!

 尚、生還者が複数存在した場合は、人数に応じて分割した賞金額とする。それに不満を持つ『Xプレイヤー』そして『リアル・プレイヤー』は、スペシャル・デスマッチ戦で思う存分に闘ってくれ!賞金は全額勝者のものだ!】


 昼間の『フリータイム』で恐ろしい光景を目の当たりにした颯は指先が震えた。


 何故、オレのパソコンに!?


 いや、そんな事より、何故オレの名前を知ってるんだ!?


 「勇気……大事な話の最中で悪いんだけど……『X』招待メールがオレのパソコンに……」


 驚きの声を上げた。

 『マジかよ!? 絶対ログインしちゃダメだ!』


 「言われなくてもそのつもりだ」



 【ログアウト・キャンセル不可のノンストップ・リアリティー・バトル・デスゲーム『Xゲーム』に『リアル・プレイヤー』としてログインしますか?】


 【YES】   【NO】


 当然【NO】をクリックする。


 全国で奇怪な事件が多発してるのに自分が巻き込まれるなんて冗談じゃない。


 それにオレの人生は轗軻不遇。


 はっきり言って『運』なしだ。


 『腕っ節』は強くても、ぶっちゃけ頭はよくないから『推理力』なんかない。


 【NO】を選択した直後、文章が表示された。


 【残念な選択です。神のゲームを断るとは……なんと罪深き行為】


 チカチカと画面が点滅し、突然動画へと切り替わった。そこには、何故か自宅の寝室でスマートフォンを耳に当てた勇気が映っていたのだ。


 画像の下部に再び【YES】【NO】の選択ボタンがあり、その背景には昼間見た悍ましい髑髏が映し出された。


 颯は画面を凝視する。

 「え!?」

 (どうして勇気が映ってるんだ!?)


 会話に間が開き、心配する勇気。

 『颯? 大丈夫か?』


 画面の中から聞こえる勇気の声と、自分が手にしているスマートフォンから聞こえる勇気の声も台詞も同じだ。


 それが現実に起きている事なのか、それとも合成画像なのかを確かめる必要はなく、現実であることは一目瞭然だった。


 「…………」


 颯が息を呑んだその時―――


 突然、勇気の右腕が飛行機のエンジンにでも巻き込まれたかのように、空中に弧を描きながら砕け散っていった。夥しい鮮血が飛散する。粉砕した骨や肉片が宙を舞い、無惨な自分の腕を押さえて、断末魔に近い悲鳴を上げた。

 

 「勇気!」状況が理解できない颯。「やめてくれ! オレの大事な親友なんだー!」


 髑髏が哄笑した。

 『神の誘いを断るからだ! あっはっはっは! 左手も奪ってやろうか!?』


 床に倒れ、苦悶し、もがき苦しむ勇気の左前腕が掻き消されてゆく。

 『颯ー! 助けてくれぇぇぇぇ!』


 髑髏が颯にもう一度たずねた。

 『神が仕掛ける『X』にログインするのか? しないのか?』


 「するよ! するから!」大声を張り上げた。「やめろ――――!」


 急いで【YES】をクリックした直後、動画が消え去り、真っ黒な背景の画面に妖光を放った髑髏が浮遊していた。


 髑髏が言う。

 「安野勇気の失った腕の『リセット』を望むなら予選を生き抜き、本戦の『X』で生還者となれ。それが条件だ」


 体の一部を失った死体が全国各地で発見されたのはこの為だ、と頭を抱えた。


 友を見捨てて【NO】を貫ければ『X』に参加しなくてもいいのだろう。


 つまり選択権は無いようで有るのだ。


 (勇気はオレの親友だ。絶対に裏切らない! アイツを裏切るくらいならオレは死を選ぶ!)


 「さあ『リアル・プレイヤー』季路颯、私が創造した『X』の世界へ誘(いざな)おう!」


 颯は強い眩暈に襲われた。その直後、意識が暗闇の中に落ちた―――




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