第37話
サービス業。接客業。まとまった休みや祝日はないと言っていい。喜ばしい事だ!土日祝日に売り上げが上がるのだから!
一方、運転が得意な彼と山形の特別な旅館に、何年も待って旅行で泊まりに来た。
大正レトロで、まるでその頃から愛し合う二人みたいに、浴衣で歩こうか、と思ったら雪がすごい。でも、歩く。一緒に。
そこで旅行関係に就職したはずの誰かさんと、十年ぶりに再開する。
旅行関係って、旅館だったの?
相手は転職だとか、いや、就職はしたというか、とかなんとか言う
そして主人。彼。旦那さんたる最愛の人は。
「ぼくはきみよりも彼女をうんと知っている」
文豪か昔の少女漫画かというような静かな火を彼に近づける。マッチの先の火でも近づけているようで。それでいて微動だにしない。
しかし、羽織を着た男性は
「ご安心ください、旦那様。奥様はこの雪のなか、貴方が足を滑らせないかどうか。見失わないかどうか、この道中、ずっと、見ていらっしゃいました」
と軽く会釈してそのままこうべをたれつづける。後悔と謝罪なのかもしれない。
それは僕も同じだ。
相思相愛ですね。
なにを見せられているの。
兄のソナタが亡くなってからしばらくして。
彼が、ウチに荷物が届いたよ、と彼の手でそれが運ばれて来た。
家系図のコピーと、写真と、兄の日記。
私も学生時代までは日記をつけていたが、社会人になってからはスケジュール帳で、なんとか四行日記をつけていた。大抵は仕事の事とその日食べたメニュー。生理があった日。彩美達との予定。
でも兄の日記は違っていた。クラス四十人分のその日の様子。一行ずつ日記だった。
まいにち、みんなを、みていたんだね。
量は膨大だっただろう。父か、それとも母が遺品整理をしてくれた。私は冠婚葬祭に滅多に出席できない。しようと思えばできるけれど。
仕事に生きていた。
家系図には、どんな意味があるのかはよくわからなかった。ソナタとアリア。私達の名が最後に書き加えたように。筆ペンのような。掠れ具合のない形で書いてある。両親のどちらの字だろう。
奏鳴多。在有。
誇らしい漢字だった。
写真は何枚かあり、四人家族が仲良く写っているものや祖母の家。
一枚だけ、異様な写真があった。誰の家かもわからない、襖と、フローリング。居間と、和室があるのだろう。人物は子供四人。五歳くらいの奏鳴多。首の座った、歩行器に乗った、たぶん私。残り二人はいとこか近所の子か。三歳くらいの女の子の、口元に一つ、目元に二つ、黒子。もう一人は赤ちゃんのようだが、布団だけで見切れて足だけ見えている。
そんなバカな。でも、面影は無いにしても特徴がそれだ。でも、きっと他人のそら似だろう。
私は思う。憎い人が世にはばかるなら。
良い人は、すぐに天国に行ってしまう。
この思いに応えてくれるは言葉ないの?
呼応してくれる表現が、描写が、共感を生むいくつかの熟語があるはずだ。なにか。なにか。
さっきから涙ぐみそうになったり、考え込んだり、また感動を思い出したり、忙しい。
「感動とは、心がうごくことです。」
道徳か命の授業か、兄の言葉が響いた気がした。
〈惜しい人を亡くした〉
怒りが湧いた。そうだ、そんな表現もあった。さっきから、情緒不安定だ。
わたしはふいに何かに思い当たる。
ドラッグストアに行こうと思い、しかし彼に頼もうかと悩み。
沈思。沈黙。
沈思黙考。言葉って、繋がっていく。でも類語とも言う。
亡き兄、奏鳴多の遺した、永遠の継承される命題。
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