第11話

二十八歳。

書店員として正社員六年目。

私は入社して二年で店長となり、電車で二時間かかる店舗に配属される。電車通勤は苦ではない。

ただあの日。大学とは反対側の二駅先で昼間から真中の家に行き、お互い服を脱いで笑いながらじゃれあい、カーテンの閉め切ったとはいえ薄暗い部屋で。彼氏を裏切ったのか分からない行為。

そして

フリーター女、小林彩美の言い放った、美しすぎる書店員、というワードを思い出す。

五年伸ばした長髪は、就職の、入社式前バッサリ切った。真新しいスーツを着て本社の入社式にも参加した。


ツアーガイド、あるいはツアーコンダクターを選んだ自分を想像する。そういったキャラクターが活躍する本も何冊も読んだ。


芥川賞・直木賞発表。世間が湧くニュースだ。特に本好きには。私は一度だけ書店員として、テレビに出演した。本名も公開された。そのあとすぐ、私は黒瀬在有になった。昔の経験から少しストーカーが怖くなったが、会社内では驚くほど話題になったが、怖いことは起きなかった。Twitterに顔が載るかもしれない。なんて思ったりもした。なにせ珍しい苗字だ。親戚に見つかったら困る、と言うことを失念して撮影依頼を受諾してしまった。

だってうちの店舗がニュース映るのだ。

秋ヶ瀬在有から黒瀬在有になること、それは一つ解放だったのかもしれない。

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