決戦準備 ゴルゾネス

 ユーリは昔から、自分の為にお金をかける事をしなかった。誰かの為に頑張る事は厭わないが、自分のこととなると無頓着だったのだ。


「そう言えば髪の毛染めたの?」


 二人は街のメインストリートを歩いていた。

 ドロシーの記憶と今のユーリの髪の色は異なっていた。


「いや、幻術でカイくんの好きな明るい色に変えてただけ。…ほら、私って故郷じゃ宵闇の魔女って呼ばれてたからさ」


 ユーリの本来の髪色は淡い黒だったのだ。

 この世界で黒の髪が特段珍しい訳では無いが、少数派なのは確かだった。


「私的には流星姫の方がイメージあるけど?」


「そんなお世辞言ってくれるのドロシーだけだよ!保湿剤2つあげちゃう!」


 ユーリはデレデレとした様子で照れる。ドロシーは別に世辞を言ったつもりはなかったが、得をしたので黙った。


「着いたわ!!!」


 ドロシーはとても可愛い建物の前で止まった。


「さぁ、行くわよ!」


 ドロシーはそう言うと、勢いよく扉を開けた。


 チリンチリンと心地よい音のベルが鳴る。


「ネス!お願いがあってきたのだけれど、いいかしら?」


 店の中はとても綺麗で、部屋の真ん中には特殊な椅子と大きな姿鏡が置かれていた。


「あらヤダ、ドロシーじゃない。今日は休みよ!さっさと帰んなさぁい?」


 ブロンドの美人な女性が、ロフトから顔をのぞかせ入口を確認する。ドロシーとユーリを見ると、一蹴して戻って行った。


「ゴルゾネス!仕事よ仕事!」


「ちょっと、このクソガキ!!その名前はやめなさい!!!」


 その言葉を聞いて、飛んで戻ってくる。

 目の前の綺麗なお姉さんが発したとは思えない、ドスの効いた低音ボイスが部屋に響いた。


「今日は私じゃなくて、この子を助けて欲しいのよ」


 それを聞くと、金髪の女性?が一階へ降りてきた。ユーリの目の前まで来て、上から下まで見るとため息をつく。


「我儘姫が、自分の事以外をお願いするなんてね。ほんの少しだけ興味が出たわね」


「この男は、私の叔父。お母さんの弟のゴルゾネスよ」


「ちょっとぉ!あんた、やめなさいよ!その名前可愛くないから嫌いなのよ!!…ドロシーの親戚のネスよ。ネスさんと呼びなさぁい?」


 すらっとした長身に、金髪ショートのとても整った顔立ちをしていた。時々聞こえてくるドスの効いた低音は勘違いではないらしい。


「それで?私を納得させる事が出来るんでしょうね?」


 ネスは近くの椅子に腰をかけて足を組む。その姿は、昨日のドロシーを彷彿とさせるものがあった。


「私ってこの辺では割と売れっ子なのよ?その私を、休みの日に働かせようって言うんだから。相当な理由なんでしょうねぇ?くだらない事で仕事はしない主義よ!」


 この店が何の店なのかは分からなかったが、ユーリは自分が場違いな所に来てしまったのではと思った。


「ドロシー…帰ろう?」


「大丈夫よ、任せなさい」


 ドロシーは両腕を組み、ネスの前で仁王立ちをして見下ろす。さすがは親戚、ドロシーも負けていない。2人とも見た目は美形なのだが、纏うオーラは悪役顔負けの高圧ぶりだ。


「ネス、浮気よ」


「なんですって……?」


 ネスの耳がピクリと動く。


「同棲中の家に、女と一緒に帰宅してきたらしいわ」


「なんですってぇえええ!?」


 ネスはガバッと立ち上がると、ユーリの方を両手で掴んだ。


「ちょっとあんた、本当なの!?」


 さっき迄、細く冷やかだった目が見開く。

 あまりの勢いにユーリは半歩下がった。


「え、はい。家政婦みたいな女より、同じ冒険者の女の子が好きだから私は要らなくなったらしくて…」


「なぁんですってぇええええ!??」


 ネスは頭を抱えながら背面に仰け反る。


「ちょっと、芋子ちゃん。そこの椅子に座ってちょうだい…」


「芋子……」


 ユーリは言われるがまま、中央にある一際目立つ椅子に腰掛けた。目の前には自分を映す鏡がある。改めて見ると、確かに髪も服も酷いものだった。


「ショータイム!…始めるわよ!ようこそ魅惑の園へ」


 そう言うと、大判の布が目の前を舞い軽く首へ巻きついた。


「…って、ダメね。この髪の長さを扱う薬剤は切らしてるわ」


「何よそれ、在庫管理しっかりしなさいよ」


「あんた達が来る事なんて分かるわけ無いじゃない!今日は店休日で、今から薬剤を揃える予定だったのよぉ」


「先に髪だけでも切ってよ」


 ドロシーがなにかの本を読みながら「これとかいいわね」と指さす。


「嫌よ!中途半端な仕事はしない主義なの!急いで集めてくるから、先にジンの店にでも行ってなさい?それに合わせる方がいいわよ」


 ドロシーは少し考えて


「それもそうね、じゃあ2時間後にまた来るわ。次行くわよユーリ」


「え?え?え?」


 そう言って困惑するユーリの手を取り店を出る。


「私も急がなくっちゃ!」


 と言いながらネスは鞄を持ち、店に鍵をかけた。






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