第18話 パラスマウンテン鉱山

 ダンジョントンネルから鉱山街道を走り続けて、パラスマウンテン鉱山に到着した。

 カーナの町からパラスマウンテン鉱山まで三日と聞いていたが、俺は二日で到着した。


 ステータスが向上した俺の体は凄い。マラソン選手のように走っても、スタミナ切れを起こさない。自分の体じゃないみたいで、ちょっと気味が悪いが、追っ手がかかっている現状では、非常にありがたい。


 あれ以来、追っ手の姿を見ていないので、追っ手からかなり距離が稼げたと思う。それにダンジョントンネルが水没したから、水が抜けるまでパラスマウンテン鉱山には来られないはずだ。

 来るとしても山越えルートになるので、相当時間がかかるだろう。


 パラスマウンテン鉱山は、つづら折りの山道を抜けた先にあった。山の中腹に当たる開けた場所で、街道沿いに宿屋や商店がポツポツと並ぶ。

 鉱山で働いているのは、重罪を犯し奴隷にされた犯罪奴隷だと聞く。奴隷に購買力はないから、町が発展しないのだろう。


 街道の先には鉱山の入り口があり、奴隷坑夫たちの寝床になる掘っ立て小屋がいくつか見える。掘っ立て小屋のそばに、山積みにされた石の山が見えた。あれは恐らく鉱山から掘り出した鉄鉱石だ。

 パラスマウンテン鉱山は鉄鋼石が出るそうで、アニスモーン伯爵家を支える主要な産業の一つだ。


 そんな重要な場所だが、警備は緩い。

 町の入り口に番小屋があるが、警備の兵士は番小屋の中に引っ込んで居眠りをしていた。ここパラスマウンテン鉱山は、領主の住むカーナの町から離れている。それで、規律が弛んでいるのだろう。

 おっちゃんの孫娘ソフィアを探すのに、都合が良い。


 俺は宿屋に部屋を取り、おっちゃんの孫娘ソフィアを探すことにしたが、ここは小さな鉱山町だ。世間話にカモフラージュした聞き込みを行うと、ソフィアらしき少女の居場所は、すぐにわかった。


『年端もいかない少女が、娼館で働いている』


 鉱山には坑夫や見張りの兵士がいる。坑夫は重罪の犯罪奴隷で、気が荒い。気の荒い坑夫を見張る兵士も、自然と気が荒くなる。


 気の荒い男たちを大人しくさせ働かせるために、鉱山町には娼婦がいる。

 この娼婦たちも気が荒いやさぐれ女ばかりだ。他の町では性格に難ありで客がつかなくなったので、客筋の悪い鉱山町の娼館に流れ着いたのだ。


 気の荒い奴隷坑夫たち相手に、ケンカ腰で股を開き、日々の糧を得るだけの最底辺の娼婦たち。奴隷坑夫たちは金を持っていないので、娼婦たちが得られるのは、領主から支払われる安い手当だけ。


 そんなやさぐれ女の中に、育ちの良さそうな年若い美少女が混じっている。あんなまともそうな娘を、どこから連れて来たのか? このやさぐれた町にいて良い人間じゃない。

 良心のある大人たちは、眉をひそめていたのだ。


 俺は客を装って娼館に向かった。

 娼館といっても木造のだだっ広いボロの平屋で、遣り手婆が娼館の前に椅子を置き座っているだけだ。


「おや、珍しいね! まともそうな旦那とは! 見ない顔だね?」


 遣り手婆は、酒焼けしたかすれ声で俺に問いかけた。俺は事前に考えていた設定を返す。


「冒険者ギルドの使いで来たんだ。ちょいと遊びたいんだが、良い子はいるかい?」


「贅沢言うんじゃないよ! 女陰ほとがついてるだけ、ありがたいと思いな!」


 ヒデエ婆さんだ!

 日本のサービス業に慣れた身には、信じられない対応だ。


 俺が躊躇していると、脂ぎった顔をしたガラの悪い兵士がやって来て、婆さんはガラの悪い兵士を店の奥へ連れて行った。店の奥から怒鳴り声が聞こえてくる。先ほどのガラの悪い兵士の声と、女の声だ。何が原因か知らないが、罵り合っている。


 あんな汚い兵士がまたがった女と、罵り合いながら体を交わらせるなんて、俺には無理だ。


 ここの娼館は、想像以上に酷い所なんだなと、俺はゲンナリした。

 こんなところに、おっちゃんの孫娘ソフィアが、本当にいるのだろうか?


 遣り手婆が戻ってきた。


「それで、あんたはやるのかい? 今なら娘たちは空いてるから選べるよ。もう少ししたら忙しくなるから、早くしな」


 今は夕方だ。

 恐らく夜になれば、仕事を終えた坑夫がやってくるのだろう。

 その前に、済ませろと。


 客で混み合う中、おっちゃんの孫娘ソフィアを探すのは難しい。

 急ごう。


 俺は下卑た表情を作って、遣り手婆にリクエストを伝えた。


「なあ、宿屋のオヤジに聞いたが、きれいな若い娘がいるそうじゃないか?」


「ああ? ああ、あの娘はねえ……。愛想のないお人形さんだよ! まったく、役に立ちゃしないよ!」


 遣り手婆が吐き捨て、俺は困惑した。

 さっき店の奥から聞こえてきた、ガラの悪い兵士と娼婦の会話は罵り合いだ。愛想もなにもあったもんじゃなかった。そんな店の遣り手婆に愛想がないと言われるのは、どのレベルで愛想がないのだろう。


「愛想がない? ご機嫌取りやお世辞の一つも客に言わないってことか?」


「ケッ! そんな気の利いたことが出来る娘は、ここにはいないよ。何もしゃべらないし、何も反応がないんだよ」


「反応?」


 しゃべらないというのはわかるが、反応とは何だろうか?

 俺が聞き返すと、遣り手婆はクイッとアゴで店の奥の方を指した。


 店の奥から派手な嬌声が聞こえだしてきた。さっきのガラの悪い兵士と娼婦のまぐわいだ。最初は低い女の声が徐々に甲高くなり、獣のような唸り声が混じる。


 ああ、なるほど。これが遣り手婆の言う反応か。

 客にお愛想を言わなくても、本業で客を楽しませるというわけだ。


「どうするね?」


 俺はやり手婆にお人形さん――おっちゃんの孫娘ソフィアと思われる娼婦を頼んだ。

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