第17話 追っ手の兵士
グレンダさんからもらった水のスクロール。
スクロールを開けば、誰でも魔法を発動出来る。グレンダさんの話によれば、この水のスクロールを使えば大量の水が発生し、追っ手を追い払うことが出来るらしい。
馬蹄の響きが更に大きくなり、振り向くと馬に乗った男二人が近くまで来ていた。男二人は、俺を見ると大声で吠えた。
「あいつだ!」
「見つけたぞ!」
馬上の男二人は、鉄兜をかぶり、右手で松明を持ち、左手で馬の手綱を握り、馬をかなりの速度で走らせていた。俺は一瞬『器用だな』と感心したが、そんな器用なことが出来るということは、アニスモーン伯爵の抱えている兵士の中でも『かなりやる方』なのだろう。
馬に乗った兵士二人は俺に追いつき、馬上から声を張り上げた。
「オマエだな! グレアム伯爵家について嗅ぎ回っているヤツは!」
「おい! 観念しろ!」
兵士が二人、馬に乗り俺より高い位置にいる。しかし、二人は武器を持っていない。片手で松明を持ち、もう一方の手で手綱を握っているからだ。
俺は自分に言い聞かせた。
焦らなくて大丈夫だ。兵士二人は、すぐに攻撃出来ない。落ち着いて対応すれば、切り抜けられる。
そして、俺は兵士二人に向かって、ゆっくりと首をかしげ、眉根を寄せて見せた。
「え? グレ……なんとか伯爵が、どうこうって、何の話だ?」
俺がすっとぼけた声を出し両手を広げると、兵士二人は怒りだした。
「とぼけるな!」
「奴隷商人ホレイショの店に行っただろう!」
「いや、行ってないぞ? ホレイショって誰だ?」
俺はとぼけながら、兵士二人を油断させようとする。善良そうなフリをしながら、兵士二人の動きを観察した。兵士二人は、俺の言葉を多少は信じたのだろう。目に困惑の色が浮かぶ。
「ここで何をしているんだ?」
「俺は冒険者ギルドの使いで、パラスマウンテン鉱山に手紙を届けに行くんだよ」
「そうなのか?」
「ああ。手紙を見るか?」
「見せろ!」
俺は、二人の兵士に怪しまれないようにゆっくり動いた。
松明を床に置き、スキル収納の収納スペースからスクロールを取り出す。馬上の兵士二人は、俺を見ているが、先ほどより警戒感がない。
俺は取り出したスクロールを頭の上に持ち上げ、馬上の二人によく見えるようにした。
「これが預かった手紙だ! 今、開けるよ。中を確認した方が良いだろう?」
「そうだな。中を見せてくれ」
「うん。確認した方が良いな」
よし! 順調に進んでいる!
あとは、スクロールをとじている革紐をほどいて、スクロールを起動すれば……。革紐をほどいて……。ほどいて……。
あー! 革紐がほどけねえ!
グレンダさん! キツク縛りすぎだよ! クッソ!
俺は内心悪態をついた。
スクロールは手元にあるのだが、スクロールを縛った革紐がギュウギュウのキツキツ過ぎるのだ。
俺が手元でスクロールを相手に苦心していると、馬上の兵士のうち年輩のヒゲもじゃ兵士が俺に命令した。
「何をノロノロしているんだ! その手紙を寄越せ!」
「ん……ああ……」
まだ、スクロールの革紐がほどけていない。だが、二人の兵士に、これ以上怪しまれるのも良くない。
俺は、ゆっくり馬上のヒゲもじゃ兵士に近づき、スクロールを渡した。ヒゲもじゃ兵士は、松明をもう一人の若い兵士に渡して手を自由にしてから俺のスクロールを受け取った。
「ふむ……これか……」
ヒゲもじゃ兵士は、スクロールを縛った革紐をほどこうとした。若い兵士は両手で松明を持っている。二人とも両手がふさがった状態で、馬にまたがっているのだ。この状態でスクロールから水が噴き出せば、落馬は免れないだろう。
「むっ! キツいな」
ヒゲもじゃ兵士が、革紐を切ろうと腰のナイフを抜く。プツンと音がして、革紐が切れた。ヒゲもじゃ兵士が、巻かれたスクロールを開きだし、若い兵士がのぞき込む。
「オイ! 暗いぞ! もっと照らせ!」
「ヘイ!」
若い兵士がのぞき込むのを止めて、片方の松明をヒゲもじゃ兵士に近づけた。ヒゲもじゃ兵士は、スクロールを開き、顔色を変えた。
「貴様! これは!」
「あっ!」
ヒゲもじゃ兵士の顔が引きつり、若い兵士も大きく口を開け驚く。俺は満面の笑みで、兵士二人に敬礼をした。
「ハハハハ! ご苦労さん!」
スクロールが青く光り、大量の水が勢いよく噴き出した。水流はスクロールを持っていたヒゲもじゃ兵士を吹き飛ばし、隣にいた若い兵士も巻き添えになった。
「ぐあっ!」
「ああ!」
ドドドっと、凄まじい水のうねりが、ダンジョントンネルの通路に響く。二人の兵士と二頭の馬が、大量の水流に押し流されてダンジョントンネルの奥へと押し流された。
「ざまあみろ!」
俺は飛び上がって快哉を叫ぶ。既にスクロールは、ヒゲもじゃ兵士の手を離れどこかへ行ってしまったが、ダンジョントンネルの奥へと大量の水が流れ続けている。
遠くに見えていた松明の灯りが消えた。恐らく徒歩で俺を追っていた連中も、スクロールの水流に押し流されたのだろう。
「ヨシッ!」
これで追っ手を追い払えた。俺はホッとしたが、自分の危機に気が付いた。
暗いダンジョントンネルの奥から、ゴゴゴゴゴと重低音が聞こえてくるのだ。床に置いた松明を拾い上げて、ダンジョントンネルの奥を照らす。
「ウソだろう!?」
水流が戻ってきたのだ!
グレンダさんのスクロールは、水の量が多すぎた。大量の水がダンジョントンネルの奥まで達し、跳ね返ってくるほどとは!
「ヤバイ! ヤバイ!」
俺は松明を持って出口へ向かって走り出した。
まったく、あのセクシー魔女! 加減ってモノを知らないのか!
すぐ後ろで、水のうねりが聞こえる。振り向くと水の壁が俺を押しつぶそうとしていた。
「ああ!」
思わず声が裏返る。同時に俺は水に飲まれた。
真っ暗な冷たい水に流され、視界が効かず、息が出来ない。鼻から容赦なく水が入ってくる。
体が上へ押し上げられる感覚があった後、突然、視界が明るくなった。夜空と月が見える。
どうやら俺は、ダンジョントンネルの入り口から勢いよく水流に押し出されたらしい。
ふわりと浮いた体が落下し、地面に叩きつけられる。幸い草地に落下したようだ。体に痛みはない。だが、鼻から入った水が呼吸を苦しくしている。
「ゲホッ! ゲホッ! ああ、クソッタレめ!」
俺は水を吐き出すと、ゴロリと横になった。お月様が笑って見えた。追っ手を退け、生き残った充実感から、俺も笑った。
俺はしばらく休んでからヨロヨロと立ち上がり、鉱山街道を歩き出した。
おっちゃんの孫娘ソフィアがいるパラスマウンテン鉱山へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます