第23話 オーガの里


 辺りはすっかり夜になり、魔物たちの活動が活発になる時刻。


 魔王国の首都から西へ飛んだ先にオーガの居住区がある。

 かなりの移動距離になるが、ドラゴンに乗せてもらえば問題はない。


 ろくでもない世界だけど、この移動手段だけは脱帽ものだ。



「なんで、平然と背中に乗ってんのよ!」

「悪魔のくせにドラゴンにビビってんじゃねぇよ。ほら、バンザイしろ」



 ぶつぶつ文句を言いながらも両手を上げるシュガを持ち上げ、俺の前に乗せる。


 手綱なんて便利なものはない(あっても付けさせてくれない)から振り落とされないようにしがみつくのだ。


 シュガを後ろから抱く形で、勢い良く走り出したダークドラゴンの飛翔に耐える。



「うわぁ!」



 滑空が終わればなんて事はない。

 あとは空の旅を楽しんでいれば目的地に着く。



 満天の星空を見つめるシュガはきっと笑顔を綻ばせているのだろう。

 そんな雰囲気をひしひしと感じる。


 悪魔界と違って夜空に煌めく本物の星をこんなにも近くで見ることなんてないだろう。

 俺だって初めてクシャ爺の背中に乗せてもらったときは同じようにワクワクした。



「なんで、ドラゴンがツダの言うことを聞くの?」

「俺の師匠がダークドラゴンだからだ。シュガは勘違いしてるけど、俺は言うことを聞かせているわけではないぞ。お願いしているだけだ」



 ふぅん、と自分から聞いたくせに興味なさげに返事をしたシュガが夜空の遊覧飛行を楽しんでいる間に目的地付近に着いた。


 かつてはサイクロプス族が住んでいたらしいが、現在、彼らは首都近郊に居を構えるように命令されている。


 ここは人族との国境付近でオーガ族は守りの要を担っていることになる。


 要するに魔王――レイラはサイクロプスよりもオーガの方が強いと判断して、区画整理を行ったのだ。


 それなのに、魔王国の財務部が給金をちょろまかすから、辺境な土地へ追いやられたと勘違いが生じている。

 そして、その尻拭いが管理局に降りかかる構図が出来上がるというわけだ。


 なんか、イライラしてきた。



「ツダ、ココマデダ。コレ以上ハ規約違反ニナル」

「十分だよ、ありがとう」



 緩やかに降下するダークドラゴンの硬い鱗を撫でてお礼を伝えると、俺たちを運んでくれたドラゴンはすぐに飛び立った。



「規約なんてあるの?」

「ダークドラゴン族と、オーガというか鬼人族の間にあるらしい。詳しくは知らんが、あんまり仲は良くないのかもな」

「あんた、鬼人族でしょ? なんで知らないのよ」



 ……………………。


 確かにそうじゃん!!


 俺、鬼人族だったわ!


 なんで、ドラゴンと鬼が仲良くないって!?


 そんなもん反りが合わないからに決まってるだろ。そういうことにしておけよ。



 ねぇ、なんでなんで? と俺の周りをちょこまか走り回るシュガに背を向けて歩き出す。



「俺、はぐれ者だからさ。そういうの親から教わってないんだよ」



 俺はジョーカーを切った。

 案の定、調子に乗っていたシュガは悪魔の尻尾をへたらせて、スカートを握りしめた。



「ごめん。軽率だった」



 そこまでへこまれると思っていなかった俺は身振り手振りでシュガを励まし、金平糖を彼女の口の中に放り込んだ。

 月明かりの届かない森を並んで進む。



「アガダ? アガダなの!?」



 森を抜け、オーガの居住区に足を踏み入れた直後、持っていた籠を落としたオーガが叫んだ。

 散らばった果物を気にすることなく、鬼気迫る顔でこちらへと向かってくる。


 全速力で駆けてくるオーガが恐ろし過ぎて面を食らった俺は、無抵抗のまま熱い抱擁ほうよう餌食えじきになった。


 体が浮き上がり、軋む骨の痛みに耐えながらも、なんとか引き剥がそうと抵抗する。だが、大岩でも相手にしているような感覚でびくともしなかった。


 布で胸を隠しているからきっと女性だ。

 だけど、顔は鬼瓦。肩幅なんて俺よりも広い。


 口の中に収まっていない鋭い歯が俺の顔に刺さりそうでめっちゃ怖い。独特な口臭もキツい。


 オーガ族の肝っ玉母ちゃんの洗礼を受けている俺に、ご愁傷様とでも言いたげな瞳を向けるシュガ。

 助ける気は一切感じられない。


 これが契約と使役の違いだ。

 俺はシュガと正式な契約を交わしているから彼女は自由に行動を選択できる。


 仮にシュガを使役していた場合、彼女は俺の命令に従ってオーガから助け出すという選択しかできない。



「そいつから離れろ。あんたの息子は死んだ。アガダは人族の騎士に囲まれて滅多刺しにされたんだ。そう何度も説明しただろ」



 静かに諭すような話し方なのに、言葉の中には怒気が含まれていた。


 額から二本の角が生えた男の姿をした化け物。


 俺を抱き締めているオーガよりも体型は小さいが、まとうオーラは燃えさかる炎のように大きく、魔力量は倍以上ある。



「この子をうちの息子にするんだ!」

「え゛ぇ!?」

「止めておけ。そいつからはドラゴンの臭いがする。それに悪魔と契約した情弱者だ。そんな奴を里の仲間に入れるわけにはいかない」



 二本角の男は、シュガを一瞥いちべつして軽蔑するように鼻を鳴らした。


 ガリッ。


 滅多に金平糖を噛まないシュガの髪が逆立つ。



「やめろ、シュガ。俺たちは喧嘩しに来たわけじゃないだろ」



 オーガの女性に降ろしてもらい、ありがとうを告げてから鬼人族の男に向き直る。



「魔王に書状を送ったのはあんたか? 話はオルダの件だったか」

「鬼のくせにドラゴンや悪魔とつるむ奴が同族を殺したと聞いたが、反論はあるか?」

「ない。オルダは魔王の婿候補になるためにノコノコやって来た勇者に敗れた。火の魔法を使う勇者だったから相性は最悪だった」

「……お前が殺したわけではないのか? 幻魔四将げんまよんしょうの地位を狙ったと聞いたぞ」

「間接的に俺が殺したようなものだ。勇者を招き入れるように仕組んだのは俺だからな」



 ギリッと男は奥歯を噛み締め、声を荒げた。



「なぜ、否定しない! それは、オルダに対する侮辱行為だとなぜ分からない!」



 えぇ……。

 急にスイッチ入っちゃったよ。


 こめかみに青筋を浮かべた男の激昂する姿に俺は言葉が出てこなかった。



「オルダはただの敗者だぞ! 勇者に敗れて散ったのなら奴が弱かっただけだ。悪いのはあいつだ。それなのに、貴様は同族殺しの醜聞しゅうぶんを広められて、なぜ怒らない」



 だって、俺が多種族同盟軍に情報を流さなければ勇者は来なかったし、オルダも死ななかったから。


 なんて、言い訳をしようとしたら、空気に穴を開けるほどの威力で何かが穿うがたれた。



「あぶねっ!」



 防御魔法を施した魔道具のリングが崩れて落ちる。


 こいつが無ければ、俺の心臓は槍に貫かれて即死だった。



「そんなおもちゃにも頼るのか!!」



 大地が、空気が震え、野次馬のオーガたちが後ずさる。



「我が名はシャナダ。鬼人族の族長代行だ。貴様も名乗れ」



 風を切りながら槍をぶん回すシャナダと名乗った二本角の男。


 一騎打ちを挑まれて「用事が終わったんで帰ります」とは言えない。

 それこそ情弱だと罵られる。なにより魔物っぽくない。



「はぐれ鬼人族のツダだ。先に言っておくが、俺は戦いに来たわけじゃない」

「はぐれ……北の者か。拳で語れば、言葉は不要だ」



 これだから脳筋は。


 それにしても、はぐれって自己紹介で北部出身って通じるのかよ。


 いや、通じるっていうか、それは俺が考えた"鬼人族ツダ"の設定なんだけど……。



「永久凍土の生き残りがいたとはな。だが、容赦はしない」



 何の話!?

 やだ、この人怖い。



 一晩悩み抜いて考えた俺自身の設定が音を立てて崩れていくような気がした。

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