第24話 鬼龍族


 俺の魔法具はけなすくせに、隠し持っていた槍は正当な武器らしい。


 槍の攻撃を避けることに苦労はしないが、この乱撃の間をぬって奴に近づくのは至難の業だ。



「素手の相手に武器を使うなんて! あんた、それでも族長の息子かい!?」



 さっきまで俺を自分の息子だと勘違いして抱きかかえていたオーガの女性の怒声。

 だが、シャナダに気にする素振りはなく、俺の心臓を貫こうと槍での3連突きを繰り出した。



「あんた、こいつを使いな!」



 一度、家屋に引っ込んだオーガの女性が細長い物を俺に投げ渡した。


 横飛びでシャナダの槍をかわし、足元に転がった俺の身の丈ほどある槍を掴む。



「うちの子が子供の頃から使っていた物だよ!」



 そんな大切なものを俺に!?

 こいつは、いわば遺品だろ!?


 それなのにさっき知り合ったばかりの俺に渡すなんて……。



 だが、俺の思考とは裏腹に体が反応し、シャナダの攻撃を槍で受け止めていた。


 ぴしっと嫌な音と一緒に槍が軋んだ感触が手に伝わってくる。


 一度距離を取って、槍を振り回してみる。



「……慣れない」



 長すぎて扱いにくいし、間合いの感覚が難しい。

 矛先がシャナダに当たる気がしなかった。


 それもそのはず、俺は【勇者】の一歩手前までいった成り損ないだ。


 古来より【勇者】の武器は聖剣と決まっている。

 つまり、俺に槍での戦闘経験はない。恐らく適応もない。


 対するシャナダの槍捌きは達人級だ。

 確実に俺の四肢を傷つけて動きを封じようとしてくる。


 こっちは血を流してはいけないというハンデを背負っているのだ。


 だから、軟弱者と罵られても魔法具を使うし、情けなくも逃げ回る立ち居振る舞いをする。


 渡された槍は長年手入れされていなかったのか、シャナダの攻撃に耐えられず、悲鳴をあげているようだった。



 ピシッ、ミシッ。



「……ごめん、おばちゃん」



 俺がシャナダの振り下ろした槍を受け止めたことで、借りた槍がぽっきり折れた。



「まともに槍も扱えない奴が同じ鬼人族とはな!」

「……北部出身者を舐めんなよ」



 俺は長さが半分以下になった槍を振り、しっくりきたことを確認してから踏み込んだ。


 初めてシャナダが傷を負い、緑色の血が滴り落ちる。



「それが鬼人族の戦い方か! 剣術の真似事など虫唾が走る!!」



 何度も言うが、俺の武器は剣だ。

 ここ2年間は一度も握ってなかったけれど、体に染みついた動きは誤魔化せない。


 剣とは勝手が違うが、これで俺の間合いを作れた。

 あとは、この意味のない戦いを終わりにするだけだ。



「剣術を真似たところで、勇者とは雲泥の差があるぞ。オレは何人もの勇者をほふってきた。奴らに比べれば貴様の剣など足元にも及ばねぇ!」



 今更、教えられなくても、そんなことは俺が一番良く分かっている。


 それでも、剣に縋るしか手がないんだ。


 お前に何が分かる。


 勇者の道を閉ざされ、こんな場所でコソコソとスパイをやらされている俺の屈辱が――!



一本角モノホーンのお前が二本角ディアホーンのオレに適うはずがないだろッ!!」



 シャナダの槍を、剣の長さまで削った槍で弾き返す。


 この時、俺は冷静を欠いていた。



「ツダ!」



 そのことに気づいたのは、シュガが俺の名前を呼んだからだ。


 一瞬の隙をシャナダは見逃さなかった。


 俺の頭を目掛けて薙いだ槍が通過する途中で、何かが引っ張られる感触に肝を冷やす。


 からんと音を立てて、地面に落ちたのは偽装用のカチューシャだった。



「ぷっ……ブハハハハハハハッ」



 オーガの居住区に轟くほどの笑い声。

 シャナダは興醒めといった風に槍を地面に突き刺し、腹を抱えながら笑い続ける。



一本角モノホーンどころか角なしかよ。そんなものを付けてまで背伸びしたかったのかー!?」



 そんな煽りはどうでもよかった。



 バレた!!


 俺に角がないことがバレた!!!!



 最悪だ。


 この2年間、注意して生きてきた俺にとって一番起こって欲しくないことが起こってしまった。



 目撃者全員、生かしてはおけない――



「……ツ、ツダ?」

「すぐに終わる」



 一歩近づいたシュガに手のひらを向けて、来るな、と指示を出した俺は足に集中させた魔力を放出してシャナダの前に移動した。



「……は?」



 もう武器はいらない。


 善意として受け取っておいたが、それももう不要だ。



「貴様、何をっ!?」



 俺は両手でシャナダの立派な二本の角を掴み、扉をこじ開けるつもりで力を込めた。



「離れろ!!」



 シャナダからの金的攻撃を魔法具で無効化させて、両手に力と魔力を込め続ける。



 ミシッ……ミシッ……ミシッ。



「や、やめろ。やめてくれっ」



 そして、遂に――



 バキャッ! と嫌な音を立てて、シャナダの角が砕けた。



「……ほら、これでお揃いだろ?」



 本物の角はカルシウムの塊のようなものかと思っていたが、実際には重くて高密度な作りだった。


 プラスチック製の偽物とは大違いだ。



「な、なぜ、角なしなのに。そんな魔力をどこに隠し持っている……」



 打って変わって怯えたような目で俺を見上げるシャナダの魔力は明らかに減退している。


 それほどまでに角というのはオーガ族や鬼人族にとって重要な器官なのだろう。


 だが、人間の俺には関係のないことだ。



「これで終わりだと思っているのか?」

「は……。な、んだ、これ」



 切り裂かれたシャナダの体から血が吹き出し、俺の視界が緑色に染まる。



「龍の爪!?」



 伸びた爪に付着した血液を気にせず、呑気に見物しているオーガ族や鬼人族に目を向けて一歩ずつ近づいた。


 ひっ! と小さな悲鳴を上げたところでもう遅い。


 この場に居たことを後悔しろ。

 

 俺の覚悟は決まっているんだ。

 皆殺しして俺の正体を知っている奴をゼロにする。


 シャナダがやられたことで、にやにや笑っていた鬼人族たちから笑顔が消え、一斉に臨戦態勢を取った。


 オーガたちも鬼人族に余裕がなくなったことを察して後退り始める。



「ねぇ、ツダ、金平糖」

「もう少し待て」

「やだ。待ってたら、アタシも殺すでしょ。ほら、早く」



 腰に手を当てながら、ずかずかやってきて催促するシュガ。


 俺はポケットの中から金平糖の入った袋を取り出そうとしたが、龍化した爪が邪魔で上手くいかなかった。


 見かねたシュガが代わりにポケットの中に手を突っ込む。

 そのまま袋の中から金平糖を取り出すと、なぜか俺の手のひらに置いた。


「自分で食えよ」

「それじゃ契約の意味がないでしょ。ツダが自分の手でアタシに差し出すのよ」



 悪魔との契約は絶対だ。

 俺は素直に従って、爪でシュガを傷つけないように無防備に開かれた口の中へ金平糖を放り込んだ。



「もう一つ」



 言われるがままに放り込む。



「もう一つ」



 わがままな悪魔め。

 それにしても、いつもは一つ一つ堪能するように時間をかけて舐めているのに珍しい。


 更にもう一つを与えた頃には龍の爪はなくなり、俺の中でブスブスとくすぶっていたものが溶けていくような気がした。


 シュガに金平糖を与えるごとに心が落ち着く。


 変な性癖でも植え付けられたか……?


 結局、シュガは5つの金平糖を同時に口の中で転がし、ジト目を俺に向けた。



「もう物騒なことは考えないで。平和的に解決できそうだよ」



 オーガ族と鬼人族の方へ向き直ると、彼らは土下座の姿勢で震えていた。



「非礼をお許しください、ツダ様」

「あなた様が鬼龍きりゅう族だとはつゆ知らず」



 はぁ?

 鬼龍族なんて初めて聞いたぞ。



「とうに滅びたと思っていました。そのお姿、そして増幅と減弱を繰り返す魔力。まさに鬼龍族でございましょう」

「……鬼龍族。このオレの角を折りやがった野郎が鬼龍族だと――」



 意気消沈していたシャナダが自分の角を握りしめて、再び膝をついた。



「これまでのことは詫びる。頼む! オレの親父を、鬼人族とオーガ族の族長を救ってくれ! この通りだ!!」



 シャナダは緑色の血が地面に染み込むことを気にもせず、額を地に押し付けた。

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