第22話 急展開


 窓から差し込む朝日に照らされて目が覚めた。



「あ、起きた」



 俺の顔を覗き込んだシュガが何でもないことのように呟く。

 普段の上等な枕とは違う、もっと柔らかくて温かい感触に気づいた。



「膝枕してたのかよ」

「せっかく受肉したから。この体の性能を試していたの。他意は無いから」



 頬を染めたシュガに素早く膝をずらされ、頭がベッドの上に落ちる。


 素直じゃない奴。



「ありがとう。おかげで悪夢にうなされなかったよ」

「どうだか。お嫁さんのムチムチの太ももの方がもっと快眠できたんじゃない?」



 なんだこいつ、人が素直に感謝しているのに。



「……昨日は帰ってこないかと思った」

「なんでだよ。よその部屋で眠れるかよ」



 俺が魔王の婿であることに変わりはないかもしれないが、それとこれとは話が別だ。


 魔王は人族の敵。

 その敵を倒すための情報を得るために俺はここにいるんだからな。


 もっとも、その敵に抱きしめられ、許されて、慰められたなんて皮肉だが。



「ふぅん。よそね。でここがうちってわけ。ふーん。そう、ふ〜〜ん」



 なんだか今日はうざいな。

 悪魔ってみんなこんな風に契約者をイライラさせてくるのか?


 それとも糖分不足か?


 俺はポケットから金平糖の入った袋を取り出して残りが少ないことに気づいた。


 こいつとの契約で毎日10個は必要になる。

 このままなら明日の分が足りなくなってしまう。ストックが机に入っていないか確かめないと。


 窓を開けると、心地よい風が部屋内を満たした。


 もう昼夜逆転の生活には慣れたが、俺は人間だから陽の光を浴びた方が調子が良い。

 太陽の高さからすると昼頃か。魔族的には真夜中になる。


「ちょっと散歩するか。魔宮殿の中を案内するよ」


 まだ誰にも紹介していないから排除されそうになるのではないかと心配したが、そんなことはなかった。



 クーガル、寝てないで仕事しろ。俺のときは思いっきり殴りかかってきただろ。



 急ぎ足の獣人の使用人たちが畏まりながら通り過ぎるだけで、誰もゴスロリ悪魔を不審に思わないようだった。



「これが宮殿。すごっ!」

「ヴェルサイユ宮殿みたいだろ?」

「なにそれ」

「悪い。忘れてくれ」



 危ねぇ!!

 まるで人間みたいな反応をするから、うっかり素が出てしまった。


 悪魔のシュガがヴェルサイユなんて知るわけないのに。

 だいぶ、気が緩んでいるな。引き締めないと。


 トイレや浴室、俺の仕事部屋などを一通り案内して立ち止まる。



「今、どこに魔王様がいるか見えるか?」


 すごく嫌な顔をしたシュガは渋々といった様子で宮殿の廊下を360°見回し、一点を指差した。


 彼女が指差す壁の更に奥の奥には、俺も立ち入ったことのない部屋があるということだ。


 そこで寝ているというわけか。

 あのままアメジストの部屋で寝ているものだとばかり思っていた。


 やはりシュガの目は使える。

 これなら敵がどこにいるのか把握しながら自由に動くことができるぞ。



「最高だよ。シュガと契約できて良かった」

「嫁の寝顔の確認なら自分でしなさいよね」

「何の話?」

「てか、あの女、起きてるよ。しかも気づかれてる。こっちに手振ってるし」

「なんでだ? 夜中だぞ」



 たとえ、使用人たちが洗濯物を干していたとしても、魔族や魔物にとって真夜中であることに変わりはない。


 それなのに寝ていない理由はなんだ。


 俺と同じように目が覚めてしまったとか?



「ねぇ、庭とかないの? 移動したい」

「あ、あぁ。こっちにあるぞ」



 俺が先導するよりも早く歩き出したシュガに後ろから曲がる場所を指示する。


 色とりどりの花が植えられた中庭にやってきたわけだが、シュガは足を止めて、日陰から出てこようとしなかった。



「どうした?」

「アタシって直射日光で体が崩れるとかないよね?」



 ……知りませんけど。

 俺は人間なので、悪魔の日光事情は存じ上げません。



「試してみろよ。焦げそうなら日陰に戻ればいい」



 おそるおそるといった様子で片足のつま先を日向へ。



「熱く……ない! ざまぁみろ!」 



 さっきまでビビり散らかしていたくせに太陽に向かって悪態をつく小悪魔はなんだか見ていて残念な気持ちになった。



「んー!」



 芝生の上に寝転んだシュガ。


 俺はベンチにもたれかかり、魔族の本でも読もうかと思ったのだが、シュガが情緒不安定すぎて心配になってきた。


 やっぱり糖分が足りないのか。

 そういえば、金平糖のストックも切らしているから人族の国に行って買ってこないと契約違反になってしまう。


 初めての日光浴でご機嫌だったシュガの表情が険しくなったのはそれから数分後だった。



「……魔王様?」



 陽の光を遮ったレイラは、飛び起きたシュガを無視して俺の前に立った。



「前線で動きがあった」



 二人きりの時とは違う、甘さと優しさの欠片もない傲岸不遜の魔王モードだ。



「こんな時間に? 夜襲でもしかけられましたか?」

「その通りだ。報告によると、とんでもなく強い人間の奇襲により我が軍が一時撤退したらしい」



 たった一人で魔王軍を退けられる人間が存在するのか……?


 俺も多種族同盟軍に所属していたが、そんな奴に心当たりはなかった。



「お言葉ですが、それを聞かされてもただの文官である俺にはどうすることもできません。せいぜい、これから上がってくる報告書の誤字脱字を修正することくらいかと」

「鬼人族が帰ってきた」

「……は?」



 目を丸くする俺に向かってレイラは眉一つ動かさずに告げる。



「オルダが死亡した件を同族であるツダ本人から直接聞きたいそうだ。オーガの居住区へ向かって欲しい」



 そう言って、差し出されたのは一通の封筒だった。



「以前話した、辺境伯についての書類だ。誤解があるようなら、こっちの話を進めても構わない。全てツダに一任する」

「い、いや。俺には荷が重いかと」



 オーガの居住区、しかも鬼人族の前に出て行くなんて絶対に嫌だ。


 だけど、レイラの目は獰猛そのもので、拒否すればすぐにでも殺されそうな勢いだった。



「分かりました」

「世話をかける。前線には幻魔四将げんまよんしょうを送るか検討しているから心配するな」



 めっちゃ心配ですわ。

 いくら強い人間が出てきたとしても体力に限界はあるだろうから、さっさと要件を終わらせて鬼人族を前線に戻そう。


 始終、レイラにガン飛ばしているシュガの首根っこを掴んだ俺は身支度のために私室へと向かった。

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