第19話 試練


 久しぶりに夢を見た。


 俺が15年間暮らした孤児院での夢だ。


『ツダって変な名前!』

『こいつ転生者ギフテッドなのに何もできないんだぜ』

『文字が読めて、字が書けるからって生意気なんだよ』

『おい、剣術の相手になってくれよ。あ、お前は棒切れを持って立ってるだけでいいから』


 同年代の子供たちからの容赦ない罵詈雑言と、執拗ないじめが毎日のように続いた。


 大人たちには見えないように露出していない場所ばかりを狙われる剣術訓練とは名ばかりの暴力。


 俺は転生者で特別な能力を与えられているから、妬ましくもあり、滑稽でもあったのだろう。


 産まれた瞬間から力を与えられているのに、親からは愛情を与えられず、その力の使いどころも使い方も分からない俺のことが――


『見ろよ、この勲章を。騎士になったんだぜ。孤児院から2人ほど連れてきていいってよ。あ、お前は選ばねぇよ。俺は魔物を殺して、武功を立てて、上手い飯を食って、良い女を抱くんだ』


 そう言って当てつけるように孤児を引き抜いていった奴がいたっけ。


 そんなガキ共とは反対に大人たちは少なからず期待していた……はず。

 子供ながらにそんな視線を感じていた。


 孤児院からでも【勇者】を輩出することはある。【勇者】は国に忠誠を誓い、国民のために働き、金を稼ぐ。


 その結果、孤児院には莫大な金が入る。


 それが転生者だったのなら国はいくら出すのか。


 しかし、大人たちの思惑通りにはいかなかった。


『お前みたいな奴を穀潰しと呼ぶんだよ。他の子は王国のために尽くしてるっていうのに。16になったら出て行きな!』


 俺のスキルは何の役にも立たなかった。


 少なくとも人間の国では――



◇◆◇◆◇◆



 翌日の朝と言っても魔王国は夜だが。

 魔王子ドゥエチに呼び出されている俺は身支度を進め、肌身離さず(物理的に離れない)身につけているネックレスをなぞった。


 契約悪魔のシュガを連れて、訓練場へと足を運ぶ。


 決してテンションは高くない。

 だけど、そこまで気負っているわけでもなかった。


 今日もシュガは金平糖を舌の上で転がしながら上機嫌に踵を鳴らしている。

 美少女の姿でも背中にある翼で飛べるわけだが、歩いている方が性に合っているらしい。


 それにしても、この悪魔っ子は本当に安上がりだな。

 契約の代償が金平糖10個ってなんだよ。


 あまりにも美味しそうに食べるから勢い余って11個目を与えそうになることが度々あるのだが、シュガは絶対に断る。


 遠慮するなよ、と無理矢理に渡そうとするとガチギレされる。

 悪魔というのは俺が想像していたよりも契約内容に関してはうるさい生き物らしい。


 シュガのもぐもぐタイムが終わった頃に訓練場に着いた俺は目を疑った。


「……ははっ……笑えねぇ」


 そこには訓練中の魔王国の兵士のみならず、マンティコア族のクーガルや、ダークエルフ族のカイナを含む、魔王に仕える連中が勢揃いしていた。


 更に驚くことに魔王宮からの客人もいる。


 これはただの呼び出しではない。何かの催し物だと直感して帰りたくなった。


 だが、それを許さないとでも言うようにドゥエチが登場した。


 奴の後ろには3人の配下がいる。

 それぞれが鎖を持っていて、彼らの背後にはが追従している。


 両手を拘束され、鎖の繋がった口まで覆う首輪をつけられた騎士だ。



 あぁ……。やっぱり先代魔王の息子が考えることはろくな事じゃなかったな。



 魔王国に騎士はいない。

 骸骨騎士スケルトンナイトと呼ばれる魔物はいるが、決して忠誠心を持った騎士ではなく、ただの操り人形だ。


 つまり、あの騎士は人族の男たちということになる。


 いつ頃から敵国に捕まっているのか。痩せて傷ついているが、ただ1人だけ瞳に憎悪を抱く者がいた。


 そいつ以外の2人はダメだ。目が死んでいる。精気を感じられない。

 全てを諦めた目だった。


「戦場で捕らえた人族の雑兵だ」


 律儀に説明してくれてありがとう。

 お前に教えられるまでもなく、



 俺は3人の騎士を知っている。

 多種族同盟に属する男たちであり、元ルームメイト。


 決して友達というわけではない。

 孤児院で一緒に育てられたというだけの間柄だ。


 奴らは俺のことなんて覚えていないかもしれない。

 孤児院の中でゴミ同然だった俺のことなんて――


 だが、俺は覚えているぞ。


 魔物は殺したのか? 

 武功は立てたのか? 

 上手い飯は食ったのか? 

 良い女は抱いたのか?


 全部叶っているならいいけど、中途半端なら死にきれないよな。


 ボロボロの状態でこんな場所に連れてこられてよ。

 自害することもできず、ただただ晒され続けるなんて。


 俺の脳裏には勇者イグニスタの憎悪の込められた瞳がチラついていた。


 必死に悪夢を振り払おうとする俺のことなど無視して、ドゥエチは静かに歩み寄り、そっと肩を叩いた。



「――こいつらを殺せ」

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