第3章 光るお人 ③


 さらに一歩退いた大陽が、身をすくめて成りゆきをうかがっていると、相手の男が彼の方を仰ぎ見た。

 舟の横木に腰かけた姿勢のままだ。


〈――こちらに光を見た。ここにいるのは、あなただけか?〉


 そこに繰りだされたのは、日本語ではなかったが、どうゆうわけか、大陽は、その意味を正確に理解した。

 音そのものが、うったえかける波動――たまのようなものを備えていて、耳ではなく、感性が先にその意味を受けとめたような感覚…。

 どこのものかもわからない響きなのに、何を言ったのか理解できて、間違えていないという奇妙な確信まである。

 実は、日本語を話したのではないかと、疑念をおぼえるほどだ。


 大陽は、かたわらに根をはってる電柱ほどの太さの若木に身をひそめたまま、こっそり、相手のようすをうかがった。

 対象があやしく思えたので、警戒はとかない。


〈わたしは、センシュウの太陽を捜している。知らないか?〉


「俺…、だけど…」


 頼りになりそうにない幹を盾に。

 大陽の口のあたりで、もごもご、消極的にわだかまったのは、それと耳にして表にだしてしまった、あてつけめいた思いつき。

 独白と言っていいものだ。

 むろん、自分がそれ(相手が捜している太陽)とは思っていないし、深い意味もない。

 言語が異なるようなので、相手に通じるものかもわからない。


「センシュウって、地名…苗字…ですか?」


 半信半疑、神妙な面持ちでたずねた彼は、そうするなかに相手の言葉を思いかえし分析して、眉をよせた。


 相手が発した《センシュウ》という響きには、地名とか中央という印象をうけた。

 大陽が口にしたそれは、地名や肩書きそういったものを姓名としている一族、系統が少なからず有るものだからという既存の知識から生じた反問。

 確認だったが…。

 その男の発言には、それ以上に不可解な部分があった。


〟という表現――。


 いつかは燃えつきるものでも、太陽は、あたりまえのように空にあるものなのに、似て非なるものを指摘しているようなインスピレーションが多分に伝わってきたのだ。

 そう。

 いつ居なくなってもおかしくないもの、というような…。


 大陽が腑に落ちない顔をしていると、なにがおかしいのか…。

 男は、くっくと、ほとんど声をあげずに笑った。

 そんな彼を漫然と見おろした大陽の目が、相手の右手の中指に留まる。


 そこに収まっているのは、幅が広めの象牙か……そうでなければ、翡翠風の白色の指輪だ。

 かすかにマーブル調の模様が入っている。

 掘りこみ装飾があるようだが、細部は判然としない。


「《の宮》としては、若いが…。あなたがそう思うなら、そうかもしれないな。

 光を放っていなくとも、みごとな《の髪》だ…」


 突然投げられたその言葉は、標準的な日本語でなされたが、相手の指輪に気をとられていた大陽は、その事実に気づきそこねた。

 母国語なので、相手が口にした言葉を聞き取れなかったわけではないが…。

 状況を把握できていない大陽の頭は、そんな障害にならないことまで注意していない。

 さらには、耳にした男の言葉が、はじめの時のように意味を伝えてこなかったので、単語の解釈にもつまづいた。


(ヒノミヤ? みごとなヒノカミ? …ひ…火…日野…樋野……上? 神? 紙? こいつ、いま、なに言ったんだ…?)

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