第3章 光るお人 ②


老人じーさん…? んー…。もっと、近くに来なきゃ、わからないか…。

 そんなにくたびれてる感じもないから…もしかして、西欧系?

 ここって、国外?

 …いや、いまどき、珍しいってほどでもないよな…。

 染めてるやつだっているし…)


 思案した彼の足が、ひたとそのあたりで留まる。

 近くなるにつれて、はっきりしてきたのだ。

 それはやはり、波の荒い海に漕ぎだすのには向いていない規模の舟だったが、

 横から来る流れを無視して動いている。

 渦潮から脱出するだけの機動力があるのかまでは不明だが、いまのところは大丈夫そうだ。

 近づき過ぎなければ、水に呑まれることもないだろう。

 こちらに舳先をむけ、すいすい接近していて、乗っている人物に、うろたえているような動作もない。

 ひとつ、不安がとりのぞかれたことで、にわかに気をゆるめた大陽だが、

 今度は、近づきつつある存在が、出会っていい種類の人間なのかが気になりだした。


 その服装は、黒っぽく、頭は白く見える。

 野性味のある、こころもち長めのシャギーショートで、ほぼ、成人といい年代の若い男のようだ。

 この距離では、まだ、どこの人種とも見定めがつかない。

 シャープな印象をうける着衣は、体のラインに添う布地をベルトかなにかで抑えているような印象。

 薄手のコートか、もしくはストイックにデザインされた法被はっぴのようにも見え、

 こころもち長めなすその左右にスリットが入っているのか、前後が別れていて、そのへんから、あまりだぼつかない白藍のズボンがのぞいている。

 すっきり着こなしている印象だが、奇をてらう派手さや極端さはない。

 どこのものともいえないまでも、質朴な民族衣装のようにも思える。


(…ん~…? 映画かテレビの撮影とか…?)


 日常に傾倒しがちな大陽の感覚では、仮想パーティとも思えない。

 短い時間、だらだらと近づく対象を物色していた彼が思いついたのは、せいぜいが、コスプレかヴィジュアル系バンドか、アイドル、演劇の舞台衣装までだ。

 いささか地味だろうと、日本において、一般的な現代人が身に着ける平服の枠には収まるものでもなかった。

 正装にも見えず、とかく相手の服装が、現実ぶれして感じられたのだ。


 ボートが岸に近づくと、大陽は、なにに圧倒されたのか、

 一歩、二歩と後ずさりし、身をかえし、さらに四、五歩も駆けて、木立の陰に逃げこんだ。

 すでに互いの姿が見える位置まで来ていたので、その行為は、いまさら無意味だったが…。

 舟を中心に、八方、隙のない光が展開している。

 各所に生じるだろう影、陰影は、乗り物の輪郭の外側にしか見つけられなくて…。

 どう周囲と照らし合わせても、その舟の横木に腰かけている男が、白っぽい金色の光を放っているように思えるのだ。


 見えているのに、とらえきれない可視光線。

 かすかに白金のスペクトルのような色彩…

 波長が感じられるのに、どこまでも透きとおってみえる輝きで…。


(なんなんだ、これ…。かなり明るいよな? 

 向かい合って見てるのに、なんで目がくらまない…?)


 そこまで迫った船上の白日が、木々の根もとに生みだす影は、色濃く伸びて、漆黒にほど近い色合いを見せている。

 木立の陰に身を潜めながら――(この時、奇妙にも、光にさらされた大陽の体に、その陰影~彼の身に形成されるだろう樹木の影~が生じていなかったが…)

 まぶしさを覚えなかった大陽の視覚……感覚器官は、その光源の中央にいる男をの風貌を、そのままに映しとった。


 ただ……薄い色彩なのか、相手の瞳の色だけが判然としない。

 退きたいのか、留まりたいのか、

 浮き足だつ心身をなだめながら、対象を警戒し注視していると、

 相手の色の薄い虹彩と白目の境の区別がつかなくなり、白目をむいているようにも見えて…、大陽の心臓が、どくっと、とびあがった。


 透明なレンズが眼球表面にくっつき、融けこんでいるようでもある。

 もしかしなくてもそれは虹彩部分で、ちょっとした角度の違いがもたらした彩度変化だったのだろう。

 すぐにも、地の色が確認できた。


 黄…。金色のようだ。


 虹彩が淡い人間もいる。それを怖がるのは失礼なのだが…。

 見慣れない配色なので、不覚にも、人のふりをした魔物でも見てしまったような心理状態におちいる。


 舟にいる男は、せいぜい、いっても二十歳ほどの若者だ。

 少年といわれなくなってから、さほどなさそうで、未熟さが垣間見えるのが、とうぜんの年頃なのに、その物腰には、むやみやたらではない、自負のようなものが感じられた。

 個人の好みが多様な中にはそれとしても、万人が優位性を認めるだろう男性美。

 どちらかというと、細身で優雅なのに、草食系的な優男には見えない強かさを備え、その肌は淡い飴色に焼けていた。


 そう。

 同性の大陽が、思わず理想像としてしまいそうなほど洗練された、かっこいい系の男なのだが…、どうしても尋常な人間とは思えなかった。


 なにより、発光している。


 常識を鑑みれば、なにか仕掛けが…。からくりがあるはずだと勘ぐってしまうのだが…。不思議と目もくらまない。

 それでも陰影は、大陽自身をのぞく、各所、一帯に生じていて、それが物理的に見える明るさ、可視光線であることを示し…、

 そこに見てとれる影のなり方を探り考察すれば、するほど……他ならぬその男が、光っているとしか思えなくなるのだ。


 神々しさを通りこした、禍々しいまでの存在感。

 これまで生きてきた経験則では、とうてい慣れ親しんだ人の種とは思えなくて……

 大陽が発作的に相手から距離をもうけ、逃げにまわってしまった原因がそこにある。


 現実にそこにいるので、祓えるものかもわからないが、

 南無阿弥陀仏とか、ナミョウホウレンゲキョウ、ハライタマエキヨメタマエ…など。

 祓い言葉・鎮魂文脈が、大陽の思考を誘惑、勧誘した。

 素人頭に浮かんだ成句フレーズは、正確かどうかも疑わしかったので、十字をきって、思いを酌んでくれるかもわからない神様にお願いした方が良案なよかったのかもしれない。

 どこまでも土壇場のつけ焼き刃。

 信心深いわけでも、事実、ピンチなのかも不明だったが、大陽が、そんな迷いを抱えているうちに舟は岸によりそった。

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