第3章 光るお人 ①


(無人島じゃないだろうな…)


 暗い空と、うっそうとした森林。

 眼下には、落ちたら、逆らいにくいだろう激流。

 流れがいくらか落ち着けば、向こうの岸に泳いで渡ることが可能なのかも知れなくとも…。まだ、危険そうだし、さっきの今なので、当分は海に入りたい気分でもなかった。

 そんなこんなで、めぼしいものはないかと、自分が置かれた環境に注意をはらっていた大陽の目が、ひたと。

 遠方の水面にとまった。

 暗い水の上に、白っぽい光を見たのだ。


 まだ、遠いが…。水が、光っている? 


 あのあたりに、なにか沈んでいるのだろうか…?


 水面の上にあるのかもわからないが、光るものが動いている。

 すべっているみたいな動きだった。

 薄暗い世界にあって、遠目に、ほんわかしても見える光の点…

 いっとき、片側に横たわる島の影に隠れたそれは、再び現れ、確実に大陽がいる方へ近づいていた。


 考えてみれば、彼が遭遇した現象は驚異的だった。

 潮の干満に大逆流を起こす大河にでもありそうな激変だ。

 それを研究対象にしている研究者や野次馬観衆がいてもおかしくはない。

 遠くない場所に、相当な被害をもたらしたのかもしれないし、それが救助を目的としたものでなかったとしても、水上をゆく発光物なら、照明を携えた人や人工物の可能性が高い。

 まだ遠いので、海上に起こりやすい現象――蜃気楼や不知火の類とも考えられたが、動きに順当な変化があって、そうゆうものではない気がする。

 どうあれ、それを見いだしたことで大陽は、劇的な自然現象に群がってくる情報機関に救助される可能性にも気がついた。

 そのうち、軍か報道機関のヘリコプターでも飛んでくるのかもしれない。


 そうしている間も、その物体は近づいていた。

 しだいにはっきりしてきたのは、光がある水面に影をおとしているお椀状のもの。

 海洋に漕ぎ出すには、かなり頼りない気もするが、予測するなら、公園の池で貸し出しているボートを正面か、それに近いアングルで見ている印象だ。


 自分が、あれに乗っていた可能性はあるだろうか?


 しばし、考えてみた大陽だが、時間の経過を考えれば、間にかなり距離が存在していたようでもあり、思い返しても、それを証明するような記憶は出てこなかった。

 眺めるほどに、接近しつつあるそれが、ボートの類という予想が確信に近づく。

 いささか、照明が過剰にも思えたが…。

 食いいるようにして、その光源を眺めていた大陽は、その中心に人影らしいものを見いだした。

 人の形をしたものが光を発しているような奇怪な印象もうけたが、ともあれ、誰か乗っているようだ。


 水際に飛びださんばかりに目を凝らしていた大陽は、ふっと、湧いた懸念に表情を曇らせた。

 左にある水の渦を見て、ボートに目をもどす。


「やばくないか? へたすりゃ、のまれるぞ…」


 さっきより、くぼみが浅くなったように思えようと、海面の渦は消えてはいない。

 ボートが来る方角にも、ひとつ、ふたつあって、ぐるぐる貪欲に水を食っている。

 波も荒いし、近づいているのが、動力が不十分な軽量級のボートなら、かなり危険だ。

 大陽は、なにか役にたちそうな物はないかと、周囲を物色しながら、安全と思われる陸の上を小舟が流れてくる方面へ移動をはじめた。


 すぐに引き千切れてしまいそうな蔦や、どうがんばっても引き剝がせそうにない幹にとりつく根っこのようなしがらみが目についたが……。

 どれも、役に立ちそうにない。

 何かしようにも、足場がよろしくないので、へたに動くと、こっちが危機に陥りそうだった。

 けっきょく何もできずに、あたふたと、舟と渦、水の動静、それに自分をとりまくものを順に見ることを三度もくりかえしたところで、大陽の目は、舟にいる人物にひきよせられた。

 光に埋もれているせいか、頭のあたりが白っぽく見えたのだ。

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