第3章 光るお人 ④


「センシュウは、いわば領域の名。地名だ。

 呼び名の前に属する場所の名、肩書をもってくることならあるが、ここの人が代々受け継いでいく族称、姓氏をもつことはない。

 血は、そう続くものではなく…子がせいぜいで、孫は稀有だ。

 どうも、怪しいな…。この地に生まれおちる《陽の宮ひのみや》も《日輪にちりん》も、生まれながらに、おのれの役割を自覚しているものだが…」


 光って見える男は、感情の読めない怜悧な視線を大陽に注いだ。

 薄い小麦色に焼けたおもてに、金属そのものを思わせる質感の黄金の虹彩が閃く。


「《陽の宮》の所在に微細な乱れはあるものだが…。

 こうゆう極端な例もあるのだろう」


 彼を乗せた舟は、ひっかかるような場所もないのに、流されることなく、そこに停泊している。


「わたしは、テールだ」


 自己紹介されたようだったので、大陽は木の後ろから一歩、進み出た。


「俺は、大陽…。園平大陽…。日本人だ」


 状況に流されて、律儀に名乗りをあげる。

 対するテールは、仮面を一枚かぶったような冷静さで言葉を連ねた。


「センシュウの太陽には、宿るべき器がないので…――ときおり具現する。

 魂魄を見失えば、解放された余力は統率を失い、やがて狂いだす。

 その暴走は、土地に住まう民を焼き尽くすほどで、

 センシュウはいま、土地の《光輪こうりん》でもなければ、立ちいれない状態だ…」


「センシュウって? 街の名なのか? どこの町村? 俺、知らないんだけど…(〝こうりん〟ってなんだろ?)…」


「センシュウは、中央にある」


「それって、どこかの大陸か島の真ん中ってことか? どこの?」


「ここにある地殻――陸地の」


「んー…アジア、欧州…ヨーロッパ、ユーラシアとか。

 呼び名、あるだろ? オーストラリア、豪州とかさ…。そうゆうの…。…」


 思いつきで、重複する呼称をあげ連ねると、変化が乏しいなかにも、相手に奇妙な顔をされた気がしたので、

 大陽は、問い方を改め、率直に聞き返した。


「とにかく、ここは、どこなんだ?」


「北の邦土ほうど、ノウシュラ…。混迷こんめいの海も遠くない、北東の外洋」


「…ほうど、のうしゅら?」


 聞いたことない響きだったので、大陽は、「うー」と、ひと声うめいて、空を睨んた。


(ほうど…風土の言い違いとしても、言い回しが変だ。

 なんか、違う感じ…。

 こんめいのうみ? …ほくとうのガイヨウ…。

 うみは海として、どこかの外海そとうみか? 間違えてるかもしれない……けど、抑揚は、そんな感じだよな…。

 なら、どこの北東? 

 海の名前…。俺が知らない海、か…。

 こんめい…昆明なら、たしか中華中国に――…でも、海じゃなかったと思うし、日本語読みにしても、発音が違う気がする…。

 そのへんは、西と東…地方のなまりの違いなのかもしれない…けど…。

 うみって、やっぱり、海のことだよな…。

 湖かもしれないけど、しょっぱかったし、うん。たぶん…)


「ごく稀に《陽の宮》が、ほかの界隈に紛れこむことがあり、

 こちらの人形ヒトガタに、をはじめ、いずかの記憶が残されていることもある。

 いずれにせよ、あなたは若過ぎる。《光輪こうりん》というふうでもない。いくつです?」


「たぶん十二っつーか、中一…。もうすぐ、十三」


 大陽がとっさに返すと、いまも光っている男、テールは無感動にまなざしを伏せた。


「ここには、九つの領域があります。

 センシュウを中心に、北からぐるりと、

 ノウシュラ、ノウィー、イーシュラ、イーサウ、サウシュラ、サウエ、ウエシュラ、ウエスノウ。

 領域、邦土――国のようなものです。

 それぞれの土地には、ひとりの《陽の宮》と複数の《月輪がちりん》《日輪にちりん》が存在する。

 センシュウの《陽の宮》が、現れることは滅多にないが…。

 ところで、あなたには、わたしの姿が見えますか?」


 聞いたこともない単語の羅列に気をとられた大陽は、後の問いに反応するのが遅れた。

 それにしても、妙な質問である。

 大陽が黙りこんでいると、舟の上の青年は、さらに言葉を連ねた。


「わたしは現在いまひかり…――《日輪にちりん》としてあるので…。

 この身が備える輝きに隠されることなく、人の姿に…。

 顔かたち、目の色、髪の様子、手足、指先まで…。

 形容が見てとれたなら、あなたは、いずれかの太陽。《陽の宮》です。

 見えなかったなら…。いささか異形だが、いつの日か輝きだす《ほしの子》だ」


「ホシノ…?」


 知らない単語、理解しがたい説明に頭を悩ませる。


〈確信を持てずにあるなら、この魂の墓場を散策するのもよいでしょう…〉  


 そこに相手が意味も伝わる不思議な言葉でつけくわえた独白――それは、あえて聞かせようという意図が明らかな煽り。指摘ともとれるものだった。


(――魂の墓場…墓所…? 散策…俺、死んだんじゃないよな?)


 大陽は、うかない顔で視線をおとした。

 自分がおかれている状況が、把握できない。

 それを明らかにしようと話しているはずなのに、わけのわからない回答をつきつけられる。

 さらには、墓場とか、なんとか…決定的に思える単語を出されて、いやな予感がうずを巻く…。

 困惑するなという方が無理だった。

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