第41話 同年、ゆえの対比〈河原崎沙衣〉

 この人たちは知らないようだ。


 この家が事故物件であり、幽霊が住み着いていたことなんて。シンさんが誰かに言うわけないし。


 それに実は幽霊屋敷だったなんて不動産業者に知れたら、足元見られて買い叩かれるだろうし、なおさらだ。


 俺たちは秘密を守るって誓い合った。二見さんが用意した書類にサインだってした。



 この夫婦の様子を見た限り、秘密は漏れてはいなかったと今は結論した。


 何か知っていて作為的に俺を連れ込んだ可能性を考えたけど、そういうわけではないと見た。




 レイヤさんは心配そうにソファに横たわってる凛花さんの手を握りしめてる。



 ──この夫婦。


 結婚して家買って住んだら呪われた家だったって。そりゃ無いよな。


 高価な買い物だし。



 これって俺にも責任あんのか? あるとも思わないけど、経緯が知れたらこの夫婦はどう思うんだろ? 俺を恨むんだろうな。




「‥‥‥凛花」



 レイヤさんの深刻な顔。未だ目を閉じてる凛花さん。


 大切な人なんだな‥‥



 夫婦って、どんなだろう?



 俺にはそういう人がいないから、わかりかねるけど。


 だって、俺には身近にいい感じの手本もないし。第一、俺には誰かを好きになる感情なんてない。今まで一度も。



 女と付き合ったことすらない俺。彼女いたことない。それは真実。だから、彼女いない歴は年齢。


 だから聞かれたらそう言うしかないな。


 そう答えると寄って来る子、結構いる。



 付き合うまで行かない。何回か関係しただけで彼女づらした女は即刻切るし。


 だって、好きってわけじゃない。いてもいなくてもどうでもいい存在のくせにめんどくさい。


 俺の心に踏み込むことなんて誰にも出来はしないし。


 それにもし本当の俺を知ったら向こうから去るだろ。おもいっきりの罵詈雑言とビンタ残して。



 特別な存在になりえるように思える人になんて会ったことは無い。


 まして結婚したいなんて一度も思ったことないし、出来るわけもないと思う。



 一生独身であろう俺からすると、同年代で既に女とこういう関係を築いて、人生の王道を順調に歩いてるこのレイヤという男が羨ましいような気がしないでもない?



 ‥‥あー‥‥俺のさっきからのこいつへの反感って嫉妬かよ? んなバカな。ちげーし!



 俺が持っていないものばかりを持っている男、佐久間レイヤ‥‥




「‥‥凛花は大丈夫でしょうか? もう少ししたら目を覚ましますよね?」



 不安げな声で俺に聞いて来るレイヤ。


「‥‥俺もはっきりはわからないけど、大丈夫じゃね? 今はなんかが憑いてる感じもしないし。たぶん抜けたと思う」



 ──いいから。


 こいつらに対する個人的感情は抜きにして、客観的に捉えようぜ。


 あー。どうやら、この人たちはただの被害者。引っ越して来たら妙なもん見つけて確認しただけだ。そうそう。そういうこと。



 この夫婦にはとんでもなく迷惑だったって。こんなの。



 一番タチが悪いのは茉莉児シンさんじゃん。


 ったく、どうしてくれんだよ? 茉莉児さんがしらばっくれたせいで封印が解かれたばかりか、佐久間さんに小道具まで廃棄されちまったじゃんか!


 茉莉児さんはこの家を出て、もう箱とは無関係を装いたかったみたいだけど、あの女の最期に執着されてたのは自分自身だってこと忘れちまってたのかよ?


 きっと、それごと忘れてしまいたかったんだろうけど。



 あのトシエの最後の呪いの言葉。忘れられるわけねーだろ? 俺たちは───



 《シン‥‥許さない‥‥から‥‥マリアを‥‥裏切ったこと‥‥‥後悔‥‥させた‥‥げる‥‥‥沙衣?‥‥くれて‥‥やるって?‥‥‥‥なら‥‥‥‥奪って‥‥あげ‥‥る‥‥フフッ────》



 確証はないけど、こんなことが起こるのなら、シンさんはトシエに殺られちまった可能性が高くないか?


 現に俺は今、狙われた。




 ──封印はとっくに解かれてた。


 俺がこの家に入ったのがトリガーとなり、この事態となった。




 スマホを見るともうすぐ午後10時になるところ。


 俺はこの夜分に、二見さんに助けを求めていいのだろうか? これって緊急事態だし。



 

 隣だし、今すぐ伺った方がいい?


 でも、こんな夜分に俺が二見さんちの奥さんを伺うってどうなの‥‥‥?


 ちょっと嫌だな。年の差あるからおかしな誤解はされないとは思うけど。


 女性の凛花さんにお願い出来ればいいんだけどね‥‥‥



「‥‥河原崎さん、あの箱は何だったんですか? 知ってるんですよね? 説明してくれませんか? 凛花がおかしくなったのはあの箱のせいなんですか? なぜ、河原崎さんがあの箱のことをご存知だったんですか? ‥‥‥ハッキリ聞かせて貰えるまで帰すわけにはいかない!」


 あれこれ思案していた俺に、レイヤさんは厳しい顔を向けた。



「‥‥‥」


 ズバッと指摘されて黙り込む俺。


 どこまで話す? 5人で交わした秘密保持の誓いがあるし。だけど、この人たちはもう当事者だ。もうある程度は話さなきゃどうにもなんないよ。



「凛花に何かあったら、俺は河原崎さんを許しませんからッ!!」


 震え声で俺を睨むレイヤさん。



 どうにも、この男には反感が募る。


 全体見たら、そこまで理不尽なこと言ってはいないんだけど、俺からしたらお門違いの濡れ衣だって。



「‥‥は? これは俺のせいだって言うのかよ?」


「だって、そうですよね? 河原崎さん、人外の仕業って言いましたよね? ならきっとあの箱は呪われた箱だったんじゃないですか? 俺は今までそんなものが本当にこの世に存在するなんて思いもしませんでしたけど。置いたのは河原崎さん、あなたなんでしょう? 正直に言ってくださいよ!」


「それは‥‥‥」



 俺がいい淀んでいると、凛花さんが小さく身動ぎした。



「‥‥‥う‥‥ん‥‥‥‥」



 レイヤさんは、ソファの横から奥さんの肩を揺すった。



「凜花ッ! 凛花ッ、気がついた?」



 凛花さんは薄目を開け、しばらくぼんやりしていた。


 その半目のままで動かない視線は、正面真上から覗き込むレイヤさんの顔に向けられたまま。



 やがて彼女の瞳の焦点はレイヤさんの首で結ばれたようだ。


 その首筋には、先ほど締められた指の跡が赤いあざとなって残っている。



「‥‥‥‥レイヤ、それ‥‥‥」



 凛花さんの右手が、レイヤさんの首へ伸びた。


 

 触れられる刹那、レイヤさんはビクッと身を引いた。



「‥‥‥ごめんなさい‥‥レイヤ‥‥‥私‥‥‥」


「ごっ、ゴメン! そういう訳じゃ‥‥‥」



 凛花さんのグサリと傷ついた顔が痛々しい。



 ──体が乗っ取られても意識はあったんだ。していたことの。



 残酷だね。無意識でいられたらよかったのに。


 いや、トシエはわざとそうしたのかも知れない。だって、シンさんも俺の時も意識は夢の中に飛んでたし。夢の内容だって具体的には覚えちゃいない。



 レイヤさんもしばらくはトラウマだろうな。愛する奥さんに首締められたんだから。



 レイヤさんが取り繕って凛花さんの髪を撫でた。


「‥‥‥気分はどう?」 


「‥‥‥レイヤ、私を起こしてくれる? 二人に話したいことがあるの」


「わかった。けど、大丈夫?」


「いいから、お願い」



 凛花さんはレイヤさんに抱き起こされ、ソファの端っこに、きちんと座り直した。



「どうぞ、二人とも座って」


 俺たちに目線を送ってから自分の横をポンポン叩いた。



 3人掛けソファに凛花さん、レイヤさん俺の順で並んで座った。



「レイヤ、ごめんなさい。苦しかったでしょう? 河原崎さんも‥‥‥」



 スカートの裾を調えながら、ソファに少し斜めに座り直し、手ぐしで髪をささっと直してから俺に頭を下げた。



「河原崎さん。本当にごめんなさい。首、私の指の跡がついてますね。大丈夫ですか?」


「‥‥俺は別に。それにこれって、奥さんのしたことじゃないし」


「‥‥出来ましたら奥さんって呼ばないでくださいますか? 凛花でいいです。私、レイヤにふさわしい自立した個人でいたいんです」


「えっと? 凛花さん。俺の首は、あなたのしたことじゃない。‥‥これでOK?」


 

 小首を傾げながらの俺の言い直しに、サラサラの黒髪を右手で耳にかけながら小さく頭を下げた。



 結構なめんどくさそうな女。さっきは、おどおどして気弱そうな感じだったのに。





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