第4章 約束遂行

第39話 終幕、そして開幕〈河原崎沙衣〉

 ちょっと予感はしてたかも?


 知らない間にシンさんはここから引っ越していたらしい。何も言わないまま。



 元々、夜電気がつけばいるんだなってくらいの存在感だった。それすら稀となり、あの封印の儀式以来、明かりがついてんの見たのは数回。姿を見かけることは皆無だった。


 2回ほど、どこかの夫婦とか、子ども連れファミリーがシンさんちを訪ねてるのをチラッと見かけたけど、親戚とか、知り合いだと思ってた。


 違った。それって内覧しに来てたらしい。




 間もなくシンさんちに若い夫婦が越して来た。


 貸したのかと思ったけど、どうやら売却したらしい。



 シンさんの気持ちはわからなくもないな。あんなことがあったわけだし。


 黙って行ってしまったことも何とも思わない。俺らのことも全て忘れてやり直したいんだろうね。



 いいんじゃね? あの人、金はあるし。


 シンさんは最近じゃまともに働いてはいないみたいだったけど金はある。



 これは二見さん情報だけど──


 大企業で働くシンさんの父親は、早期退職で割り増し多額の退職金を手にしていたらしいし、生活は株式投資で賄っていたとか。すげぇな。資本金ある家は更に金が増やせて。


 親の預金株式の遺産に加えて、更に両親の死亡保険金もあるだろうしね。家まで売ったんだから、余程の贅沢しなきゃ、シンさんはもう死ぬまで働く必要なくない?



 あーあ‥‥‥


 いいよな。シンさんは。こんなところさっさと抜け出して自由に過ごせるんだから。




 どうしても頭の隅から離れない。二見さん、シンさんと俺で行った封印の儀式での一件。



 白無垢さんとした約束も謎で気になっていたし、一番はトシエが俺に残した呪いの言葉‥‥‥


 一因は俺にありだけど、火に油を注いでしまった感が半端ない。


 二見さんは、きっちり封印してあるから大丈夫だって言っていた。


 外側からは開けたら解けてしまう封印だけれど、内側から解くのはどんな高位の霊だろうが難しいから大丈夫だって。



 家では、当然ながら封印の儀式の顛末なんて決して話すはずもなく、俺は普段通りの顔をしてる。


 全てが信じがたい体験だった。もしかして、全部夢だったんじゃないかってたまに思う。俺の頭が作り出した幻想だったんじゃないかって。



 だけど、現実だ。同じ体験を共有している人たちがいるのだから───



 ──封印後、俺らの前には更に二人の男性が現れて、後始末の手伝いをしてくれた。



「ふぅ‥‥ねぇ、一休みしましょうよ。さっき電話したら、父到着までまだ30分はあると思うから」


 俺らは封印も成功し、箱が整った時点で一休み。二見さんの提案で3人でインスタントコーヒーを入れて飲むことにした。


 その時点まで俺は知らなかったけれど、この後、二見さんのお父さんがここに来る手筈になっていた。


 いつの間にか出現していた魔法円を覆う不思議な黒い壁。


 二見さんの親父さんが、リモートで出現させたらしい。俺が幽霊たちと対峙している間に何があったんだろ? 俺はすぐそこにいたはずなのに、気づいたらもう出来ていた。



 儀式が終わった今、謎のその黒い壁は邪魔で、でも二見さんには消せなくて、ほっといてもいつ消えるかもわかんないって言う。


 このままじゃ家具が元の位置に戻せなくて困るし。


 二見さんの親父さん、早く来て欲しい。俺はいつになったら家に帰れんだろ? 隣に自分ちあんのに。


 二見さんは、よほど体力を使ったようで、シンさんにコーヒー+カップラーメンを所望し、また食ってる。



 人は見かけに寄らないね。お金持ちはこういうのは食べないもんだと思ってた。


 始める前も食ったよね。よく続けてジャンキー食えるよなぁ。俺は小さい頃そんなんばっかだったから、今はあんま自ら食おうとも思わないけど。片親パンでさえあれば大喜びだったあの頃を思い出して、時に切なくなってしまうし。



 ほんの15分も待ってたら、二見さんによく似たスレンダーなおじいちゃんと小柄なおじさんが、全身緊迫感を引き連れて現れた!



「おお‥‥早苗ちゃんッッ!!」


「お父さんッ、あれ? お兄ちゃんまで来たッ! 心配かけてごめんなさいっ!!」



 えっと、これってどういう? 二見さん父娘、生き別れて30年ぶりの対面かの様相だ。


 ちょっとよくわかんなくなってる俺にシンさんは、『いいから放っておけや』って目線で合図して来たので、黙って眺めていた。


 感動の家族の対面のひとコマが始まって、やがて落ち着くと二見さんは、なんとか儀式は無事片けられた顛末を、低姿勢でお二人に報告した。


 時折、『‥‥だよね?』と、二見さんが振って来るので、『あ、はい』と、シンさんと二人で頷いた。



 ずっと立ったままで長らく話し込んでる二見さんファミリー。


 彼らの話が途切れたナイスタイミングを見計らい、テーブルでコーヒーでもいかがですか、とお二人に尋ねると、二見さんはハッとした。



「ありがとう、さっすが沙衣くん! 気が‥‥げっ、のびちゃったわ! お父さん、お兄ちゃん。コーヒー飲んでちょっとだけ待ってて!」


 慌てて残りのカップラーメンを流し込もうとした二見さん。途端、お二人から大きな雷が落ちた。


 どうやら、この方々がここに来た目的は、休み時間に教室でやらかした生徒を、職員室から慌てて飛んで来た先生が注意してるって図に近いらしかった。



 聞いてたら要するに、二見さんが怒られてんのは、ラーメンについてのお叱りは蛇足的なもので、メインは、自らを危険にさらし、素人の俺らを危機に陥らせたことだったようで。


 実のところ、捨て身でトシエに挑んだ俺を、二見パパはスパっと切り捨て、残る二人をこの闇の帳で保護していたらしい。



 微妙にショック。


 簡単に煽られて終いに自棄を起こした俺。ま、自業自得なんだけど‥‥


 そんな俺を見捨てまいと、ありがたいことに二見さんは頑張ってくれたらしい。




 その後、桐箱の封印具合を二見さんのお父さんたちがチェックし、保管場所の話し合いに入った。



 『封印の桐箱』の保管場所はどこに───



 二見さん親子、すなわち神谷ファミリー3人の意見は一致し、この家に置くことを提案した。ここに置いておくのが一番安定するから、ということだった。



 当然ながらシンさんは非常に懸念を示して大反対したに決まってる。こんなものと一緒に暮らすなんて嫌だって。


 しかしながら大地主、神谷一族3人の圧にたった1人で対抗出来る筈もなく、シンさんは涙を飲んだ。


 トシエ入りだからって、こっちに振ろうとするシンさんに俺が協力するわけもなく───



 で、シンさんの家のどこかに保管することになって、せめて見える所には置きたくない! というシンさんの希望で、屋根裏か、床下かとなり、安定は地に他ならぬということで、床下の東側で保管することになった。



 そして残るは魔法円を覆う黒い壁。



 二見さんのお父さんが謎の呪文を唱えると、邪魔だった黒い壁は、うごめく小さな虫の大群のような流動体となってパアッと散って消えた。



 お父さん、すっげ!!

 


 家具も元通りに移動させ、この封印に関することは一切他言無用、ということで5人で誓い合って解散となった。



 帰り際、


『神谷一族がこんな呪術を構築してるってことバラしたら、俺たち家族はこの地に住めなくなんだろうな‥‥‥今度は俺が闇に葬られたりして‥‥‥コワッ』


 ‥‥って、現代の陰陽師よろしくな親父さんの後ろ姿を眺めてたら、二見さんに内心を読まれ、ビビりを鼻で嗤われた。



「ふっ‥‥そんな青い顔しなくてもいいのよ。神谷家の除霊は不動産関係者なら噂程度には知ってるから。さっきの誓いは、この件については私たちの中で収めようってことよ。‥‥‥よくやったわ、私たち。もう、これで私たちがあの幽霊たちに会うことは一生ないはずよ」



 ──ならばもう、トシエも白無垢さんも俺らにとってはこの世から消えたも同然だった。



 俺らが生きている間に、トシエの霊や白無垢さんに関わることなんて、もうあるはずもない。全て終わったんだ。



 全てが完結したはずだった。




 ──そのおよそ一年後。




 この夜、俺は非常事態に見舞われていた。



 同じ場所で───




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る