第38話 残留懸念〈二見早苗〉

 それからは一転して順調に進んだ。



 雨降る中、私の父と兄が二人揃って車で駆けつけて来た時には、とうに丑三つ時は通り過ぎ、寅の刻も半ばになっていた。


 その頃には私たち3人の手により、桐箱には2体の霊を既に封印し終えていた。



 あんなに青ざめて緊迫感を漂わせたお父さんを初めて見た。


 兄にも怒られた。お義姉さんが私にマニュアルの一部を送信したと聞いて、胸騒ぎはしていたそうで。


 ごめんなさい! 私の突然の思いつきのせいで周りに多大なご迷惑を。



 お父さんには大きな借りが出来てしまった。ううん、父だけじゃないわ。


 お母さんにも。大切な人と過ごす時間を一年分失わせてしまったのよ。ごめんなさい‥‥‥


 浅はかな娘を持ったせいね‥‥‥



 後日、実家にて、ぐちゃぐちゃになって泣いて謝る私を、『さなちゃんが無事なら、私たちはそれでいいのよ』って、お母さんは背中を撫でて抱き締めてくれた。


 お父さんは言ったのよ。『仮に命が全部取られようが、早苗ちゃんが無事ならそれで本望、望むところですよ! 僕は早苗ちゃんのお父さんなんですから』だって。


 私、あなたたちの娘に生まれて来たことを心から感謝します。本当にありがとう。


 私は、今まで愛に包まれて護られて、本当に幸せに生きて来たって今更ながら知ったのよ。お父さんと共に過ごせるはずだった1年分の時間を失ったことで、改めて再確認したこの気持ち‥‥‥



 ──私はね、ポジティブだけが取り柄なの。思いっきり泣いた後は前を向く!



 これからは更に親孝行して、失った分よりもう~んと長生きさせちゃうわ!


 お天気の日には、木漏れ日に小鳥の歌を聞きながら一緒に散歩しようよ。


 月が美しい夜には、美味しいものを存分にいただいて、飲んで騒いで笑い合おう。


 たまにはお母さんと3人で旅行にも行こうよ。まだまだ世界は行ったことがないとこばかりよ。初めて見る綺麗な景色と文化に感動しながら、この世を存分に楽しもうね。


 こうなったら、これからはしょうもない昔の自慢話だって聞いてあげるわよ。


 それでも、たまには口喧嘩するだろうけど、許してね。だって、親子だも~ん。



 あなた方の人生の最後には、『早苗が生まれてくれたから、最後まで幸せだったよ』って言って貰えたらいいな。



 ──そんな風に改めて思った。あの一件で。




 だからもう、これ以上心配をかけるわけにはいかなかった。


 私には気がかりが全く無いわけでは決して無かったけれど───




 *******




 ──あの日から、何度も何度も私の頭の中で反芻している、初めて執り行った封印の儀式。



 途中、二人の男性を、命を失うかも知れぬ危機に陥らせながらも、最後は自分でも驚くほどすんなり事が進んだ。



 トシエさんは、シンさんと沙衣くんに儀式を止めるように懇願していたけれど、二人とも無視してくれたし。



 紙で作った形代かたしろに2体の霊をそれぞれ移し、赤い糸をぐるぐる巻いて縛った。


 マニュアル通り、桐箱に慎重に順番通りアイテムを納めた。



 お清めした緑青のナイフは、沙衣くんが箱の中に入れた。


 宝物だったらしいから、手放すのは感慨深げだったわ‥‥‥



 箱の内側にあらかじめ敷いてあった白い布で中身全体を丁寧に包み、四隅を重ねて閉じた。その上に呪文と共に、榊を一枝捧げた。


 そして、ご飯粒をすりつぶしたもので蓋をピッタリ閉じた。


 最後に、沙衣くんが握りしめて、いささかしわしわになってしまった御札のヨレを伸ばし、蓋と本体を渡して正面で貼り付け、封印は全て完了した。




 封印した桐箱は、その後駆けつけた私の父と兄の助言を受けて、シンさんの部屋の床下収納庫を外してから、床下の東側に納めた。


 もういうものは無闇に場所を移動させるのは良くないそうで。


 シンさんは、家に置くことをすごく嫌がっていたけど、私の父と兄に説得されて渋々承諾した。



 そのせいかしら?


 あれ以来、シンさんの家に明かりが灯っているのを見ることは、滅多に無くなって来てる‥‥‥




 きっちり全て完璧に終わったはずなのに、私の心はスッキリとはしていない。



 その理由は───




 縛られる直前に、トシエさんは呪いの言葉を吐いた。


 シンさんと沙衣くんに。



《シン‥‥許さない‥‥から‥‥マリアを‥‥裏切ったこと‥‥‥後悔‥‥させた‥‥げる‥‥‥沙衣?‥‥くれて‥‥やるって?‥‥‥‥なら‥‥‥‥奪って‥‥あげ‥‥る‥‥フフッ────》



 二人とも、恐ろしさに耐えて、よく黙っていてくれたと思うわ。


 そして白無垢さんは私と沙衣くんに最後の言葉を残した。



《この孫娘はおじいちゃんと違って酷い人ね! あたしは孫娘には何もしていないのに、いきなりあたしを封印しようだなんて》


《これじゃ気が済まないわ! ちょうどいいいのが来たから、孫娘から封印の代償を貰っておくからね》



《‥‥‥じゃあね、お兄ちゃん、またね。針千本、約束だよ?》



 これってどういう?


 沙衣くんは何か知っているはずだった。



 シンさんと私が闇のベールで包まれている間に何かがあったんだわ。



『封印の代償』って? 『約束』って?



 全く覚えはないけれど、私は封印の代償を支払ったらしい。お父さんの寿命のことかしら?


 なら、沙衣くんは何を支払ったの?



 沙衣くんに聞いてみたけど、何も覚えてないって言われた。


 本当かしら? 目が微妙に泳いでるけど?



 そう言われたらもう、それ以上何も聞けないし、そのまま。




 スッキリ出来ないもうひとつの理由は───



 家に戻れば、ベルトを緩め、スーツを半分脱ぎかけたまま、ベッドの上で大きなイビキをかいていた我が夫。


 不可思議世界から、一気に現実に戻った。


 普段なら呆れてるところだけど、あの危機の後では、そんなんにさえ、日常の愛おしさを感じてしまった。



 キッチンを見ると、床に置いた皿の煮干し3本は残ったまま‥‥‥




 ──あの日から2ヶ月余り過ぎて年も明けたというのに。


 

 私のかわいいクローネちゃんは未だに行方不明。



 ペット探偵を頼んで探していただいてるけれど、見つかってはいない。


 ネコはそう遠くまでは行かないそうなんだけど‥‥‥



 どうしちゃったのかしら? あの子、たまにこっそり抜け出すことがあるのよ。まさか交通事故だったら‥‥‥


 思い付く限りに問い合わせてみたけれど、朗報は届かない。



 ──諦めはしないわ。



 夫は、落ち込む私に代わりに他のネコを勧めて来たけれど、私がかわいいのはクローネちゃんであって、代わりなんていないのよ!


 時々、真夜中に幻覚のようにクローネちゃんの声が聞こえる。私を呼んでいるかのような。



 夫に言わせれば、近所の野良ネコの鳴き声かもしれないけど、僕には何も聞こえないよ、って。



 絶対に見つけ出すわ! もはや私の子ども同然なのよ!


 クローネちゃんだって、絶対に私の下へ帰りたいはず。



 たとえ亡くなっていたとしても。




 そう言えば‥‥‥

 


 ──クロネコ繋がりで今頃思い出したのよ。

 


 白無垢さんのクロネコはどこに行ったの? 私、あの子は封印してない‥‥‥





                      第3章 封印の桐箱 完 

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