第35話 進退両難〈二見早苗〉
沙衣くんが魔法円から飛び出した!
待ってよ! 私、スマホでお父さんにSOSの電話しようと思ってたのに! 沙衣くんは、責任を感じて無謀なことを!
違うのよ! そもそもは私が中途半端な知識で封印しようなんて思いついたのがいけなかったのよ。用意が足りなかったの。
あなた、トシエさんに御札を貼る気なの? それは霊を避けるものであって攻撃するものじゃない。
そりゃ、間近にあったら霊によってはダメージは大きいかもしれないけど、実際の効果は霊それぞれで、本当の所はその時にならないとわからない。
勿論その御札は、どんな霊体においてもオールマイティーで強い効果はあるけれど‥‥‥
沙衣くんは補強する呪文だって知らないじゃない!
沙衣くんが床を滑らせてシンさんのろうそくを私に託した。
「受け取って! 二見さんっ」
続けて、シンさんの腕を引っ張って遠心力で私に投げて寄越した。
すぐさま反応してサイドステップ。下半身を低く構えて踏ん張って受け止めた。
スポーツテストでは、三本線の反復横飛び、得意だったのよ。私ったら、まだまだイケてるわね?
朦朧としてるシンさんは、全身力が抜けた状態。
そのまま床に寝かせた。
シンさんが痩せててよかったわ。昔の筋肉フェチみたいなままだったら、私は壁まで吹っ飛んでるところよ。
「沙衣くん、もういいからこっちに戻りなさい!」
沙衣くんに言ってからシンさんのろうそくを灯す。
このたった数分でそこまで奪われてはいないはず。根基のろうそくが灯ればそのうち目覚めるはずよ。
お願い‥‥早く無事に気がついてね‥‥‥
──焦りは禁物よ。
自分に言い聞かせる。
「お母さん。本当はわかってんだろ? あんたはもう死んでるって。もう成仏しろよ。心残りはなんだよ? 邪魔な俺の命取れなかったこと? だったら今からくれてやんよ! 一気に吸い尽くせばいい」
沙衣くんがトシエさんに叫んだ。
「戻って、沙衣くん!」
ああ、あの子、我を失っている、私の声が届かない。
いいわ。なら、私がそっちに行くしか無い。
白無垢さんは私を襲わない設定だったけど、こうなった以上もう私のことは敵認定してるはずね。
でも行くしか。
私は、沙衣くんを取り戻そうと魔法円から出ようした。
《お兄ちゃんのところに行っちゃダメっ!!》
白無垢さんの声が頭に直接響いた。初めて聞いた白無垢さんの声にビクッと体が固まる。
ふわっと綿帽子が外れて、あどけなさの残る可愛らしい女の子の顔が現れた。
そして、その髪がほどけて、あれよあれよと伸びて、私の足元をパシッとムチのように打ちつけた。
《邪魔しないで。優しいおじいちゃんの孫娘だからって邪魔したら許さないからッ!》
ああ、想定外のことばかり起こるのね!
負のスパイラル。
とにかく最善の対処法を知ることが今、するべきこと。
私は咄嗟にスマホをタップする。こんな真夜中のSOS、気がついてくれるかしら? お父さん、気がついて!!
イライラと画面と、白無垢さんと、沙衣くんを交互に見る。
早く、早く、早く、出てよ!!
あっ、繋がった! お父さんの寝ぼけまなこな声。
私は早口で状況を伝える。
いきなりすっごく怒鳴られた。お小言は後で存分にしていいわ!
「早く教えて! 私どうすべきなのっ?」
──お父さんは即断で言ったの。
「もう、その沙衣くんのことは可哀想だが切るしかない。確実に二人助かる方が損害は少ない。損切りは勝負にはつきものだ。早苗ならわかるだろう?‥‥‥それに、僕は‥‥誰よりも自分の娘を助けたい。そんな僕は我儘かい?」
50を過ぎた私に何を言ってるのよ!
「ダメッ!! そんなのっ! なら、私は一か八かこの魔法円から今すぐ出るわ! そして沙衣くんの身代わりになるからッ!! あの子まだ20代なのよ? この身に代えても絶対に助けるからっ!! もう、頼まないわ!!! お父さんのバカッ!!!」
「いいからッ!! そのまま待ちなさい!! これは命令ですよ!! 早苗ちゃんっ」
そこから起きたことはもう、最悪としか言えないわ。
───お父さん、なんてことをしてくれたの?
もう、縁を切るレベルだから。
いくら
それから起きたこと。
私のスマホから呪文が流れ出た。
『
「イヤァァーーーーーーーッ!!!! 何言ってんのよっ! お父さんッ!!」
何てことなのっ!!
お父さんの一年の寿命を引き換えに、魔法陣の外側の線から黒いベールが上り始めた。
それはやがてドームのように天井で閉じて、シンさんと私を、もののけから遮断した。
私は愕然で、膝が崩れ落ちる。
二本のろうそくの揺らめく灯り。夢うつつ横たわるシンさん。
外の雨の音さえ聞こえない静寂。
沙衣くん‥‥‥
お願い! もう逃げていいのよ! この家から出るのよ!!
こんなことになってしまうなんて。
「沙衣くん、もういいから逃げてッ!! 外に出てッッ!」
───知っていたわ。ここからでは私の声は沙衣くんには届かないこと。
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