第34話 永別覚悟〈河原崎沙衣〉
「くっ‥‥痛ってぇ!」
俺は思いっきりしりもちをついて、左側面を床に打ち付けた。
ガシャンと陶器のぶつかる音が同時に響いた。
「シンさんッ!」
目の前ではシンさんがトシエに迫られていた。しかも、召還の三角魔法陣には白無垢さんまで現れていた。伸ばした腕はもう結界を越えている。
「ヤメロッ! お母さんっ!! シンさん早くこっちへっ!」
俺は痛みも忘れて咄嗟に立ち上がった。
──シンさんとトシエを引き離さなきゃ!
「行っちゃダメーー!!」
「うわっ!」
不意にガッと後ろから羽交い締めにされた。
二見さんだ!
「今は絶対に魔法円から出ちゃダメよ!!」
「んなこと言ったって、シンさんがッ!」
ふと、円の外側の床に目が行った。
「ああっ! シンさんと俺のろうそくがっ!」
シンさんと俺の
俺が拾いに行こうとしたら、二見さんから又もや、グイッと締められた。
「ダメっ! ここから出たらいけないわ! 白無垢さんが障壁を突破したのが見えないのッ!」
ヤバい!! これで二見さんの根基の灯火まで消えてしまったら、封印は完全に失敗だ。
えっと、予備はどこだっけ‥‥‥? そう、パーカのポケットの中に。
俺はポケットをまさぐる。
「沙衣くん。この場合予備のろうそくでは無理よ‥‥‥」
「えっ? なんで‥‥‥?」
「だって、最初のろうそくは失われた訳じゃない。そこに無事にあるんだもの。火がつけられない状態にあるわけじゃないから。半分以上溶けても折れてるわけでもないし。だからあれに灯さなきゃダメなのよ! あなたのも、シンさんのも。急いでたし細かい説明はしてなかったけれど、ろうそくの下半分には薄く名前が掘ってあるのよ。その文字が無傷な内は予備は使えないの」
「そんな‥‥じゃあ、このままじゃシンさんの意識はお母さんに取り込まれてしまうんですかっ?!」
「ええ、最悪そうなるわね。ならないことを祈るしかないわ。今回は今までのような、時期が来るまで殺さぬよう、ゆるゆると搾取するやわな呪いでは済まないでしょうから」
「そんな‥‥‥」
「‥‥儀式は、あちらとこちらの力比べとも言えるわよね。向こうだって、切羽詰まれば底力で来るに決まってるでしょう? だから危険なのよ。本気の勝負なのよ? 言ったでしょッ!」
二見さんは俺らの軽率な行動に相当怒ってる。親指の爪をキリキリ噛んだ。怒りで言葉が震えてる。
あちらさんに本気で来られたら、それって最悪、俺らの『死』ってことだ──!
俺、どうしたらいいんだ!
まんまとトシエの策略に乗せられて‥‥
事前に注意されてたのに。
これじゃ、振り込み詐欺に引っ掛かるなんて情弱老人だけ、なんて揶揄しといて、いざあっさり自分は投資詐欺とか、マルチに引っ掛かってる愚か者と同じだ。
頭じゃわかってたのに。
野次馬的に外から見てんのと、
‥‥ったく、俺に老後があんなら、今からこんなんじゃヤバいかもしんないよ。
俺のろうそくは白無垢さんの近くまで飛んでしまってるけど、シンさんのはトシエの足元に転がってる。ここから数歩で届く距離。
だけど‥‥‥
今、俺がここから出て、また白無垢さんに捕まれば、ますます二見さんに迷惑をかけてしまう‥‥‥よな。
白無垢さんは、じっとこちらを向いて佇んでる。何を思っているのか不気味だ。封印されそうになって怒りをためてんのかも。
シンさんは早速トシエに捕らえられてる。テーブルに背中を阻まれて。
俺を庇ったばかりに。
あれが使えないのは痛い。緑青のナイフ。
儀式の最後に箱に納めるために、塩と清酒と榊を捧げて隣の小部屋で清められている最中だ。
二見さんによれば俺のナイフはまだ年月が足りず、付喪神はついていないとのことで。
それでもなんとなくネガティブなオーラが出てるって言われた。たぶん、俺のトシエへの怨嗟が籠もってたんだろうな。
なんか、他に武器はねーのかよ?
「あっ、あの‥‥そのたもとには他に何か入っていないんですか?」
「他に? 今、私が身につけているのは一番大事なこれよ───」
これって、二見さんが言っていたアレだよな‥‥
俺の思考がシンさんの声で途切れた。
「やっ、やめてくれ! トシエッ‥‥‥」
「‥‥やあね‥‥その名前‥‥マリアって呼んで」
「マッ、マリア‥‥ごめん、怒ってんのか?‥‥‥だけどさ‥‥」
「‥‥‥どうして‥‥‥マリアが怒るの?‥‥‥シンは‥‥マリアが‥‥怒るようなこと‥‥したの‥‥‥?」
「いっ、いやっ、何も‥‥‥」
「‥‥本当に? 本当‥‥かなぁ‥‥? ふふっ‥‥ウソついたら‥‥お仕置きしちゃう‥‥から‥‥」
「赦してく‥‥‥ぐっ!」
トシエから生気を奪われ始めた。
シンさんの目は瞬く間に虚ろに変わって‥‥‥
──ああ、もう嫌だ。何もかも。
「‥‥‥やめてくれよ‥‥お母さん‥‥やめてくれ‥‥」
──終わらせようぜ? この茶番。
情けないことに涙が流れて来た。だって、もう俺は限界だ。
俺のせいでこの事態。シンさんが死んだら俺のせいだ。
──もう、うんざりだ!
自分で自分が嫌いだ。大嫌いだ!! 俺が、カタつける。
「こんなの‥‥見たかねーんだ‥‥俺、‥‥母親に二度も棄てられてさぁ‥‥」
二見さんを振り返った。覚悟を決めた。
──どうやら俺、老後に振り込み詐欺られる心配はしなくて済みそうだ。
「これ、借してください。もう、打つ手無いんですよね? 俺のせいで」
二見さんの胸元から少しはみ出して入ってたそれをさっと抜き取った。
「キャッ! ‥‥待ってよ。あなた何する気なのよ?!」
どうせ、俺は生まれて来るべきじゃなかった人間だ。
「俺、もういいよ。意識取られて廃人になったって‥‥。ううん、いっそのことあの世に行った方が楽だ。すみません、二見さん。俺のことはもうほっといて下さい。ご迷惑かけたこと謝罪します。今まで親切にしてくれて、嬉しかったです。ありがとうございましたッ!」
「沙衣くんっ! 待って、私にも考えがあ────」
俺は安全地帯を飛び出した。
数歩先に転がっていたシンさんのろうそくを素早く拾って魔法円に滑り込ませる。
素早さが勝負のカギ。
次に、虚ろなシンさんの右腕を、横から力を込めてグイッと引っ張った。
「受け取って! 二見さんっ」
「ええッ?!」
そのまま勢いを繋いで二見さん目掛けて、ぐいっと魔法円に振り入れた。
二見さんは反射神経もバツグンだね。ナイスキャッチ!
俺はシンさんと入れ替わってトシエと対峙する。
「お母さん。本当はわかってんだろ? あんたはもう死んでるって。もう成仏しろよ。心残りはなんだよ? 邪魔な俺の命取れなかったこと? だったら今からくれてやんよ! 一気に吸い尽くせばいい」
俺はトシエに一言だって喋らす気はない。また、手玉に取られちゃ敵わない。
トシエの頭を掴んで口づけをする。ぶっつけから息苦しいほど濃厚に。
俺は
──但し、あんたも一緒に消す。
これでお仕舞いにしようぜ?
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