第33話 危急存亡〈二見早苗〉
キャー!! ホントにキタッ!!
自分で自分のしたことに驚く。外見は平静を装ったままで。
召還の三角魔法陣の中に、血まみれで倒れてるトシエさん。これが起源の姿。
血塗れで倒れ、起きあがるところからの繰返し。亡くなったことに気づいていないから。
こういう場合、通例ならさっきまでのことはリセットされて全て忘れているのよね? それともあなたには記憶は追加されてるのかしら?
ううん、自分の死に気づくのを拒否しているだけなのかも。若くして突然人生終わらされるなんて、受け入れがたいもの。
スーっと血糊が消えていった。黒っぽいフェミニンなワンピース姿。白い肌に映える。
不思議ね。幽霊って。薄暗いこの部屋でも、なぜだかくっきり見えるその姿。
ドールみたいなお姉さん。瞳はどこか虚ろね。さっきシンさんの部屋で見た時と同じ。
『これは‥‥‥なんで?』
三角柱の障壁に阻まれて戸惑っている。
たぶん、拒否られると思うけど、一応自ら成仏への道も提示しておくわね。
拒む霊を無理やり黄泉へ送るなんて私には到底出来ることではないから、ほぼ封印で決まりだけど。
「汝は死人。直ちに黄泉に帰せ。さもなくばやむ終えず
『‥‥‥私が‥‥死人‥‥? な‥‥わけない‥‥‥でしょ‥‥』
「否! 己を
『‥‥イヤ‥‥私は‥‥死んでない‥‥』
ああ‥‥彼女は薄々気づいていたんだわ。でも、認めたくなかった。自分の死を。
受け入れなさい。その死を。出来れば封印なんてしたくはないのよ。
「天の意志に従わぬのなら‥‥‥~(:⦆§»»»~ @#%*¥$¢£──」
私は胸元からスマホを出し、ディスプレイを見ながら、手順通りによくわからない呪文を唱えた。
ちょっとした脅しの呪文らしいんだけど。
『‥‥やめて‥‥ぐっすん‥‥私は‥‥私のままで‥‥いたいの‥‥シン‥‥助けて‥‥沙衣‥‥‥お母さんよ‥‥』
美しい女が障壁を手のひらで探りながら、目の前で涙を流して必死で助けを求めてる。
私の左右前方で、男二人が名前を呼ばれてそわそわ狼狽しているのを感じる。
さっき、注意したから大丈夫よね? 反応しないでね。
「トシエッ‥‥‥さん」
ゲッ!! シンさんが早速反応してしまった!!
ガッと立ち上がり、障壁を挟んでトシエさんと手のひらを合わせた。
「もう、あんたは死んだんだ。だからおとなしく成仏しろよ。しなきゃ封印するしかないんだ! 俺だってもろもろ辛いんだ‥‥‥」
キャー! シンさんの障壁強化のろうそくが消えちゃったじゃない!!
背水の陣というか、火事場の馬鹿力で障壁突破されたらどうすんのよ! 早く火をつけ直してよ!!
「頼むッ! 俺の生気、これ以上奪うなよ!」
‥‥はい? トシエさんのことじゃなくて、自分のことが心配だったの~?
コイツサイテー‥‥‥
あー‥‥それでも、もういいからッ! とにかく、ろうそくの炎を早いとこ灯してよ!
私はここで焦りを見せる訳にはいかない。あくまでもキリリと威厳を保っていなければ。
──沙衣くんが動いた!
気がついて、あわててシンさんの『根基の灯火』を魔法円から持って来てくれた‥‥は、いいけど、持ってき方が雑!
イヤァァァーー! まったく、コイツらなにやってんのよッ!!
ああっ‥‥焦りすぎて風で消えちゃったじゃない!!
シンさんの根基の灯火も、魔法円に置かれた沙衣くんか、私のろうそくでつけ直さなきゃ! 私の説明、理解出来てたわよね?
手順は覚えているらしく、魔法円に慌てて戻る沙衣くん。
なんだか運動会の借り物競争の小学生みたい。
落ち着いて、沙衣くん。あ、私もですね。
沙衣くんが再点火した根基の灯火をシンさんに手渡した。
「あ? ワリィ‥‥つい」
シンさんは障壁のろうそくに火を移した。
あーびっくりしたぁー‥‥‥
私は素知らぬ顔で呪文を続ける。
『‥‥沙衣、お願い‥‥‥ここから出して‥‥‥お母さんを‥‥助けて‥‥』
沙衣くんは今ので学んでくれたようね。半目で手を合わせて瞑想し、無視してくれてる。
OKよ~。それでいいの。
トシエさんがパッとワンピースを脱ぎ捨てた。
もう、ほんとに脱ぎたがりねッ!
『‥‥‥ほら、沙衣の大好きな‥‥‥夜明が眠ってる間に‥‥‥飲ませてあげる‥‥‥』
ブラから胸を片方露にしようとする仕草。
「ぎゃーーー!! 何やってんの!? お母さん!!」
沙衣くんは、シンさんと私を交互に何回も忙しく見て、超絶な焦りを見せている。
「服着ろよ!! いらねーよっ! 近隣の皆様に誤解招くまねすんじゃねーよッ!!」
興奮した沙衣くんが立ち上がって怒鳴った。
イヤァァァーー! 再び、なにやってんのよッ!!
今度は沙衣くんの障壁強化の炎が消えてるじゃない!! バカバカバカッ!!
もう、シンさんたら目をランランさせてトシエさんを
‥‥‥で、あなたもそのご褒美を頂いていた可能性が高いわね。
図らずも、人様の家庭事情を垣間見てしまった私。沙衣くんがここまでマザコンだったとはいやはや‥‥‥
「ホント、マジ違うからなッッ! 二見さん、シンさんッ!」
否定すれば否定するほど肯定しているのがお子様にはわからないようね。
「クックック‥‥‥なんだよ? 気取ったギタリストみたいなカッコして、その実はマザコンかよ~♡」
「っち、ちげーよッ!! くっそぉ‥‥黙れ、ニートジジイ!!」
「はぁん? 今、なんつった? もう一回言ってみろ‥‥あ?」
イヤァァァーー! もうイヤ!! この人たち!!!
またもやシンさんのろうそく消えてるし!!
一度に2本もろうそくが消えてしまうだなんて前代未聞だわ!
早く元に戻して!! 想定外のことが起こったら私、どうすればいいのよ?
マニュアルファイル、実家にしかないのよ! そこは一子相伝設定なんだから!
「うっせー、ジジイ! 俺が何にも知らないとでも思ってんのかよッ? あん?」
沙衣くんが突進してシンさんの胸ぐらを掴んだ。
押されたシンさんが脇に避けあったテーブルにぶつかって、ガタンと大きな音が響いた。
「なっ、何を知ってるってんだ? わけわかんねぇ言いがかりつけやがって! マザコン野郎が!」
「ちょっ、落ち着いて! 二人とも‥‥‥えっ?」
イヤァァァーー! 嘘でしょ? こんな時に‥‥‥
「しっ、白無垢さん!!!」
召喚の三魔方陣の中に白無垢さんまで現れた!
白無垢さんがトシエさんの背中をグイグイ押してる。トシエさんはろうそくの消えた底辺側の障壁をクリアし始めた。
後、カウントダウン10秒も無く、突破しそうよ!
もう、根基の灯火で灯し直す時間も無いし、しても無駄だわ。
「二人ともさっさと魔法円に入って!」
私は取っ組み合い寸前で罵り合ってるおふた方に声を掛けて、障壁を越えて今にも飛び出して来そうなトシエさんを大きく迂回して魔法円に入った。
「あっ!」 「‥‥えっ?」
沙衣くんは背中を向けていて、トシエさんに障壁突破されたことに気づくのに遅れたの。
「隣の小僧、危ないっ!!」
先に気がついたシンさんは、咄嗟に沙衣くんを魔法円の中に突き飛ばした。
「わっ!」
カッシャーン
沙衣くんはしりもちをついて魔法円に入った‥‥‥のはよかったんだけど。
沙衣くんは弾みで、シンさんと自分の根基の灯火をひっくり返した。しかも、それは受け皿ごと円の外に出てしまった。もちろん、火は消えてしまった。
白無垢さんも、今にも突破しそうだわ!
ああああ‥‥一気に最悪の事態に!!
もう、この人たちのせいですべてが台無しだわ! どうすんのよ、これ!!!!
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