第二十六話 楽々と映画鑑賞。

「律、どうしたの?」

「え、いや!?」


 一緒に布団で寝るのかな? と考えていたとは、流石に言えない。

 だがが、楽々は意味深な笑みを浮かべている。


「んふふー、律、変なこと考えてたんでしょ?」

「へ、変なことって!?」

「大丈夫、心配しないで。今日は沙羅もいないし、ソファで寝るからね?」


 図星だった。もしかして顔に出てたのかな。

 とはいえ、楽々をソファに寝かせるわけにはいかない。

 それだけはダメだと強く言って、俺のベットで寝てもらうことにした。

 俺がソファで寝る。


「……いいの?」

「当たり前だよ。それだけは譲れない」

「……わかった。律は優しいねえ」


 にへへーと笑う楽々。沙羅にも俺の家に泊まると連絡したらしい。しかし、なぜかすぐ再度電話がかかって来た。

 スピーカーから「ズルいです!」 と聞こえているが、何がズルいんだろうか……。


 明日の準備は全て終えたが、寝るのには少し早い時間だ。

 スマホを触って時間を潰すこともできるが、せっかく二人でいるのに良くないよな……と思っていたら、楽々がスマホの画面を見せてきた。

 小さな女の子のポスターだ。


「これは?」

「見たかった映画が配信されたんだけど、良かったら一緒に見ない?」


 なるほど、映画という手があったか。

 普段アニメばかり見ていたので、考えたこともなかった。


 サブスクを登録しているらしく、家のテレビでログインしたらすぐに映画が見れるという。

 ソファを片付け、肌寒いので部屋から毛布を持ってくると、楽々がおいでと言わんばかりに、ソファをポンポンと叩いた。


「沙羅は寝るのが早いから、あんまり夜更かしできないんだよね」

「そうなんだ? っても、まだ十時だけど、何時に寝てるの?」

「沙羅は九時に寝てるよー」

「……小学生?」

「どうだろう。中学生?」


 ふふふ、と笑い合い、ソファに座る。

 毛布を掛けてあげると、ありがとうとお礼を言ってくれた。


 楽々が慣れた手つきでログインして映画を再生する。


「そういえば、ジャンルは?」

「女の子が出てくるよ」


 なるほど、恋愛映画か。と思っていたら、さっきの小さな女の子が画面に出てきた。

 しかし様子がおかしい。次の瞬間、血だらけのナイフを片手に人間を襲いはじめた。


「え、なにこれ!? ホラー映画!?」

「そ……そう……! ずっと見たかったんだけど、一人じゃ怖くて……」


 自分から見ようと言った割には、楽々の様子がおかしい。

 震えながら、俺の服の袖を掴んでいるのだ。


 まだ冒頭十分も経ってないけど……大丈夫なの?



「ひ、ひゃあああ!?」

 

 三十分を超えるころには、袖ではなく、俺の腕を掴んでいた。

 しかしその……楽々の柔らかい胸が……何度も……ぷにぷにと当たって……。


「ら、楽々……あの……むね……が……」

「ひ、ひ、ひ、ひ!? ひゃああああああああああ」


 どうやらそれどころじゃないらしい。

 いやでも俺もそれどころじゃないんだけど!?


 そして突然、楽々が思い切り抱き着いてきた。


「ちょっと楽々――」

「ご、ごめん!」


 映画は一番良いシーンだ。猟奇的な女の子が、次々と人間を襲っている。


「今だけ、今だけちょっとだけ……」


 震えた楽々の肩に気づく。


「あれだったら消しても……」

「やだ、見たいのぉ……」


 見てないけどっていうツッコミはしなかった。

 楽々の高鳴る心臓が、俺の胸元に当たるようだ。


 どうやら耳で聞いているらしく、映画から音が鳴り響くたびに、ビクビクと動く。

 そして俺は、ちょっとだけ抱き寄せた。


「大丈夫だよ。映画だからね」

「うん……ごめんね、自分から観たいって言ったくせに……」

「見る前はこんなに怖いってわからないし、大丈夫だよ」


 正直、かなり取り繕っている。相変わらず楽々の胸は当たっているし、もの凄く良い匂いがする。

 というか、制服姿で、なおかつ可愛い楽々とこんな密着してるだなんて、考えるだけでやばい。


 楽々は何度か振り返ると、指の隙間から映画を見ていた。

 時折視線を背けながら、結局俺と楽々は、毛布にくるまりながら、密着しながら映画を見終えた。


 エンドロールが流れて終わった瞬間、楽々俺の顔を見る。

 あまりの至近距離に驚いたのか、我に返ったかのように慌てふためき、頬を赤らめながら俯いた。


 あまりこういうのを見ることがないので、新鮮だ。


「ご、ごめん……。――でも、楽しかったねえ?」


 俯いていた顔を上げると、てへへ舌をぺろっと出して首を傾げた。


「楽々は殆どみてなかったけどね」

「むう……聴いてたもん! 耳で感じてたもん!」

「映画は観るものだから」


 めずらしく不満そうに口をとんがらせる楽々は、いつもより幼く見える。

 沙羅と比べて子供っぽいところが、楽々の個性であり魅力だ。


 楽々といると自然と笑顔がこぼれる。


「あ、もうこんな時間だ……」


 気づけば深夜0時を回っていた。

 明日は早いので、もう寝ないといけない。

 楽々をベットまで誘導し、俺はリビングに戻る。


「おやすみ、楽々」

「はあいー」


 余韻に浸りながらソファで横になり、毛布を被った。

 前回、沙羅と楽々とベットで眠ろうとしたときは、結局眠るのに相当時間がかかってしまった。

 しかし今日は寝不足にならなそう――『むぎゅっ』だ!?


 人の手が後ろから伸びて来たので、驚いて振り返ると、そこにいたのは楽々だった。


「ど、どうしたの!?」

「……くて」

「え? なんて?」

「……怖くて……一人で眠るのが……」

「へ?」


 ホラー映画を見てしまったせいで、一人で眠るのが怖いということらしい。


「で、でも……」

「お願い、こうしてたら落ち着くの」


 ぎゅっと、かなり強く抱きしめてくる楽々。困惑していたら、まさかのまさか、「すぅすぅ」と寝息が聞こえてくる。


「え、嘘だよね? 楽々? 楽々?」

「すぅすぅ……」


 天使のような笑顔で、もう眠っていた。

 落ち着くっていっても、こんなすぐに……?


 しかし身動きが一切取れない……。


 むに、むにむに。


 ああ、今日も寝不足になりそうだ……。



 ちなみに余談だが、楽々は家で寝る時も沙羅に抱き着いて寝ているらしい。

 なので、楽々も毎日夜九時に寝ているとのことだった。

 











 

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