第二十五話 楽々とこどもの日

「律、そこの針糸貸してもらっていい?」

「ああ、これでいいかな?」


 楽々が今、俺の家に来ている。

 丁寧に針と糸を駆使しながら、手作りの鯉のぼりを作っていた。


 衣切れを合わせていくと、色彩美しい青とピンク色の鯉が誕生していく。

 手先は沙羅よりも器用らしく、編み物も得意だという。


「じゃっじゃーん、どう?」


 鮮やかな青色の鯉、目を付けるのは俺の担当だ。


「すっごく綺麗だ。子供たちも喜びそう」

「えへへ、そうでしょ? っても、まだまだあるんだけどねー」


 なぜ俺たちが鯉のぼりを手作りしているのかというと、明日近くの児童館で、こどもの日イベントがある。

 親御さんのいない子供や、仕事が忙しくて遊べていない子供たちがやって来るのだ。


 楽々は学校の掲示板でボランティア募集の紙を見つけ、すぐ参加しますと伝えたとのことだった。

 沙羅も参加したかったらしいが、生徒会で忙しいので、話を聞いた俺も参加することにした。


 今日は学校終わりなので、楽々は制服姿のまま。

 出会い頭、大量の布切れを抱えている姿には、さすがに驚いたが。


「こういうのって手作り出来るもんなんだね」

「買う人がほとんどなんじゃないかな? でも、できるだけお金の負担がないほうがいいでしょ?」


 それはそうだが、自ら名乗りでてさらに一番過酷な作業を率先して行うのは素直に凄い。

 布切れを選別しながら、楽々が思いにふけった表情を浮かべる。


「私にとって、こどもの日って凄く特別なんだよね」

「特別って?」

「お父さんとお母さんがいた頃、一緒に手作りしたことがあって。それがすっごく楽しくてね。だから、沙羅もしたかったんだと思う」


 忘れていたわけではないが、二人とも悲しい過去を背負っている。

 けれども、それを乗り越えて他人のことを思いやれるなんて並大抵のことじゃない。

 俺もそうだが、ほとんどは自分で精いっぱいだからだ。


「よし、俺も頑張るぞ!」

「ふふ、無理しないでね」


 担当を決めつつ二人で鯉のぼりを作っていると、集中力が切れてしまったのか、遂に俺がやってしまう。


「~~~ッッッ!?」

「律、大丈夫!?」


 針で手を刺してしまったらしく、少量だが血がにじみ出る。

 楽々はすぐに手を抑えてくれて、アルコール消毒を行い、鞄に入れていた絆創膏を貼ってくれた。


「痛くない? 血が滲んだらまた取り換えるから無理しないでね」

「ああ、ごめん……。楽々一人のほうが早かったかもしれないな」


 ネガティブなことを言ってしまったなと思った瞬間、楽々にデコピンされた。


「いっ!?」

「バカ。――律がいてくれるから、私も笑顔で居られるんだよ」


 両親のことを思い出しながらも楽しく日々を過ごせているのは、俺のおかげだと言ってくれた。

 流石にそこまでのことをしてあげられてるとは思えないが、お礼を言われるのは嬉しい。


 気づいたら外はすっかり暗くなっていた。

 予定通りの数は作れているので、何とか間に合いそうだ。


「よし、休憩っ!」

「え? 最後まで終わらせないの?」

「お腹空いたんだもーん」


 ぐぅ、そう言われてみればそうだ。

 まだ夜ご飯も食べていない。というか、何も用意していなかった。


「あ、何か買ってく――」

「じゃあ、作るね」

「え? 作るって?」

「夜ご飯だよ? あ、私だって料理出来るんだからねー?」

「それは知ってるけど、申し訳ないなって……」

「手伝ってもらってるのに申し訳ないの? ふふふ、律って変だよねー」


 喜怒哀楽の感情をハッキリと伝えてくれるのが、楽々の良いところだ。

 ダメなところはダメ、嬉しいときは笑って、悲しいときは涙を浮かべる。


 一緒にいて凄く心地が良い。


 楽々はいつのまにか用意していた材料で、テキパキと準備をはじめた。

 最初に冷蔵庫借りるねーと言っていたことを思い出す。


 俺はゆっくりしてていいからと言われたので、ぼーっとソファに座りながら楽々を眺めていた。

 沙羅は分量をきっちり図るが、楽々は「これとこれとーあとこのくらいー」という感じ。


 要領がいいのだろう。性格の違いに笑みをこぼしていると、出来たー! と高らかに叫んだ。


「食べよー?」

「あ、わかった。そういえば沙羅はいいの?」

「生徒会の人の家でご飯を食べるんだってー、なんかまだ話すことがあるらしいよ?」


 俺は友達がほとんどいないのでわからないが、そういうこともあるか。


 出来上がりを机に並べると、驚いたことにおかずが沢山あった。

 ご飯も、いつのまにか炊いていたらしい。


 卵焼き、魚、漬物、揚げ物!?


「美味しそう……。どうやってこんな短時間で準備したの?」

「え? 普通にだけど?」


 つくづくハイスペックだなあと思いつつ食卓に座る。


「あ、その前に手を貸してくれる?」

「え? あ、はい」


 ご飯を食べる前にアルコール消毒をしないとねーと、楽々が手を握ってくれた。

 正直、かなりドキドキしたが、医療行為なので恥ずかしがっているのはなんだか申し訳ない。


 新しい絆創膏に取り換えてくれてお礼を言うと、「ふふふ」と楽々は微笑んだ。


「どうぞ、召し上がれー! 沙羅よりは劣るかもしれないけど」


 味付けは沙羅と少し違うかもーと言われたが、遜色がほとんどないほどに美味しい。


 卵焼きは甘いタイプで、魚もしっかりと味がしみ込んでいる。

 揚げ物は少量の油で、なおかつフライパンでサクっと揚げたとのことだった。


 食べ終わった後は、俺が手伝う暇もなく洗い物を終わらせる。


「何から何まで……ありがとう」

「えへへ、どういたしましてー」


 最後に温かいお茶まで。


 休憩が終わった後、残りの鯉のぼりを作り終えた。


「つかれたっー!」


 楽々は大の字になって、絨毯の上に寝転がる。

 スカートが見えそうで、思わず目を背けた。こういうところが、楽々は大胆だ……。


「お疲れ様。家まで送るよ」

「えへへ、ありがとう。あれ、電話?」


 プルルル、「あ、沙羅? どうしたの? うんうん、えー! そうなんだ? わかった。はーい!」


 どうやら相手は沙羅だったらしい。電話を切ったあと、楽々はちょっとだけ考えこむ素振りをした。


「どうしたの? 何かあった?」

「んー、なんかお泊りする流れらしくて。ごめんねって何度も謝られたけど」

「そうなんだ? じゃあ、家に帰っても誰もいないってこと?」

「そう……なるね」


 以前、いつも二人なので一人のときはすっごく寂しいくなると言っていた。


「ねえ、律」


 たしかに一人は寂しいよなあと思っていたら、楽々が顔を向け、それからにへへと微笑んだ。


「今日、泊まってもいい?」

「え!? 今日!?」

「明日、どうせ朝から出るし、一緒だと楽だなあと思って。それに……寂しいし……」


 それはそうだが、流石に二人きりというのはまずい気がする。

 とはいえ、一人きりの家に帰らせるのも……。


「わかった。仕方ないね」

「やったー! えへへ、律ありがとう」


 飛び跳ねるかのように楽々が抱き着いてくる。

 思い切りその……胸が当たってるんだけれど!?


「楽しい時間が延長されるみたいで、嬉しいな」


 耳元で言われると、余計に破壊力が増す。



 あれ……そういえば……寝る場所どうしよう。


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