第4話

 走った。とにかく自転車を走らせた。


 僕の家、というか祖母の家から二階堂家は少し距離がある。籠池神社……確かに地図アプリにも表示されていた。


 春の少し冷たい風が頬を拭う。


「おーい、隼人! こっちこっち」

「す、すみません。お待たせしました」


 無事に到着した頃、ジャージを着た先輩が寂れた鳥居の前に寄り掛かっていた。


 オフの先輩、格好いい。

 絵になる……じゃなくて、煩悩はシャットアウト。


「いいってことよ。そんで、この神社に用があるって電話で言ってたな」


「は、はい。そ、その……上手く言葉に出来なくて、申し訳ないのですが」

「それでも隼人にとって大切なことなんだろ?」


 躊躇い、そして頷く。


 何も話せなくてごめんなさい。何度も死なせてしまってごめんなさい。僕が優柔不断だから巻き込んでしまって、ごめんなさい。……まだ解決には至っていないけど、これで。


「ふっ」


「……せ、先輩?」

「ああ、悪い。気のせいかもしれないが。なんとなく隼人が何かに吹っ切れたというか、頼もしく見えて」


 っ……そう、感じてくれたなら。それは他でもない、あなたのおかげです。


 その喉まで通した言葉たちは自然と出た苦笑と共に奥へと閉まった。


「まっ、実は俺もここに用事があったし。一石二鳥ってことで。んじゃ、早速行きますか!」

「はいっ…… !」


 勢いよく返事をする。そして鳥居に足を踏み入れた時――世界が止まった。



「……え?」


 頭が、思考を置き去りにする。

 隣の先輩は笑顔のまま、動こうとはしない。草や木々も、風さえも揺らぐことはなくて。


 この歪な感覚を、僕は知っている。知ってしまっている。【終わり】と【始まり】の境目であるということを。


 ……神様がおいでになる。


「やっと。やぁぁぁっーと、答えに辿り付いたか人間。遅緩ちかんもいいとこだぞ」


「ヨ、ヨヒト…… ?」


 それは疑問符だけじゃない、驚きさえも含まれていた。そこに皮肉で始まり、気ままな皮肉で去る麗しくも幼き少年の姿があったのだから。


「え、どうしてヨヒトが? まだ先輩は生きているはずなのに。それとも何か」

「ははっ、混乱に溺れるとは愉快よな。安心しろ、お前の好い人は絶賛生を全うしている」


 よ、よかったぁ……。

 先輩はまだ生きている、いきていてくれている。それだけでもう。


「って、好い人って……! ぼ、僕らはまだそんな関係じゃ! いや、いずれはそうなれたならなぁっていう願望とか、不誠実なことをしたいのは少し、ほんのちょっぴりは持ち合わせてるけど。けど、さすがにそれを公にしてしまうのは違うといいますか、心の準備だって完全には整ってないとっ…… 」


「ええい喚くな、鬱陶しい! つまらん惚気は後でやれ」


 ピシャリとぶった切られる。

 そうだ、まだ終わっていない。考えろ、頭を働かせろ。ヨヒトはさっき、答えに辿り付いたと言った。つまりはこの行動が正解なのは間違いない。


 長かった、もう何周したのかもわからないほどに。


 何度も好きな人が目の前で死を迎えて、何回も絶望して。何をしても本当に駄目で……。もしもあの時、ヨヒトのヒントがなければ――あれ、ちょっと待てよ?


「も、もしかしてヨヒト……サンはこうなった原因を知っていたりしますかねぇ?」

「ふんっ、当然だ。神という肩書きを忘却してしまうほど、お前の脳は腐ってはおらんのだろう?」


 や、やっぱり……。

 要するに僕は神様のお膝元。いいや手の内で遊ばれていた、ということか。


「ヨヒト、人が悪い……」

「非力な人間という無能な種族ではないのでな。お前の体験した世界は神の力を貸す代償を得たものだ、感謝せよ」


 神の力……おそらく、時間が巻き戻る非人道的な能力のことだろう。人知を超えたもの、そう言われれば納得出来る。だけど、どうして。


「――だが、呪いは祓えていない」

「っ、の、呪い……?」


 つ、次から次へと穏やかではない、対照的な単語が。


 呪い。呪い、呪い呪い……。


 時間遡行の能力がヨヒトによるものなら。先輩が無差別に死を引き寄せてしまうのは別の何か……考えるのが自然。その場合、一切動機は成り立たないのは悔しいが、ヨヒトの――神様の力さえあれば。


「ほう、良い線を行く。確かにお前の好い人は自身の生を、理の世を乱した」

「先輩が、自身の身を……?」


 ヨヒトはわざとらしく鼻で嗤う。


 四月四日。籠池神社。神様。厄払いと縁切り。願掛け……もしかしてっ!


 無造作に置かれたパズルのピースがぴったりと填まるように、無くした小片が不思議と脳内を刺激した。


「され、精進されよ。……はっ。精々、愛の力という奴で大団円を呼ぶのだな」


 存在が、神様の姿が段々と薄くなる。


 ヨヒトは……厄払いの神様だったはずの人ならざる者は皮肉を交えた、下手な支持と共に眠りについた。



 荒魂と和魂。神様は二面性を持つ。

 穏やかで優しさに誇る和魂、そして時には人に祟りを及ぼす荒魂。それはヨヒトという僕の前に現れた小さな神様も例外ではない。厄除けの和魂も縁切りの荒魂も。


 これは、僕の推測の範疇に過ぎないけど……二階堂先輩はお参りの作法をおそらく間違えてしまった、と思う。和魂の厄払いに願うはずが、不手際によって荒魂に……。


 しかし、わからない。どうして先輩は神社へ向かったのか――。


 もし、和魂に願うなら何を叶えたかったのだろうか。なんて……考えても無駄である。それを知っているのは当人と、その願いを聞いたはずのヨヒトだけなのだから。

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