第15話 選抜試験 3

 花は呆然と立ち尽くした。


 割れんばかりの拍手と、たたえる声、声。


 ふしぎなくらい、思い切り踊れた。

 まるで、何かの力に導かれるかのように。

 足先に感触が残っている。こうすればいいと、足先から身体全体に伝わってきた。


 この赤いトウシューズのおかげ?


ーー雅子先生は魔法使いだって、都市伝説があるんだよ。


 萌の言葉が蘇る。


 花ははっとして、雅子先生を探した。

 雅子先生が魔法使いかどうかはともかく、彼女に背中を押してくれなかったら、この場に立つことなんてできなかっただろう。


 ベランダの端から端まで目を凝らしたが、雅子先生の姿は見当たらなかった。


 ついさっき、雅子先生はベランダで花のすぐ近くにいた。 

 ベランダは人で埋め尽くされている。すぐに立ち去ることなんてできないはずなのに。


 消えた?


 そう思ったとき、スタジオのスタッフが声を上げた。

「皆様、お疲れ様でした。30分後に木藤リオンの相手役、及び他の合格者を発表します!」

 スタジオ内は瞬間静かになって、ふたたびざわめきに包まれた。


「木藤リオンの相手役は、伊集院さやかだと思うなー」

「赤いトウシューズの人もよかったよ」


 そこかしこでささやかれるそんな声の中を、花は萌といっしょにベランダへ出た。


「なんか、まだ心臓がバクバクしてる」

 花は萌にもたれかかった。

「お疲れ様、花ちゃん。すっごくすてきだった。あたし、花ちゃんの友達で嬉しい!」

「ありがとう、萌ちゃん」


 もっともっと萌に感謝したかったが、胸がつまって言葉にならなかった。


 きっと、木藤リオンの相手役は、伊集院さやかだろう。

 花から見ても、彼女のほうが実力は上。彼女のほうが、木藤リオンの相手役にふさわしい。


 だけど。


 踊れただけでよかった。


 花はそう思う。


「試験結果を発表します!」

 スタジオ内から、スタッフの声が響いてきた。


 ドキン。

 花の心臓が跳ねた。


「ね、萌ちゃん」

「なに?」

「帰る、あたし」

「えー? これから発表なんだよ」 

「うん。でも、あたし、踊れただけでいいから」

「じゃ、ごめんね」

「ちょっと、花ちゃん!」

 花は人を分けて、階段に向かった。


 悔いはない。

 いつもの自分より良く踊れたと、思う。

 それ以上に、躍っているときの感触が、すてきだった。あんなに張り詰めて、だけど、どこか自由で楽しくて。


 あの経験だけで、いい。


 ようやく階段にたどり着いたとき、

「花ちゃん!」

と、萌が追いかけてきた。

「ごめん、萌ちゃん。あたし、ゆっくりしてられないんだ。帰ってから、やらなきゃならない仕事がいっぱいあるから」


 嘘ではなかった。

 実際、掃除洗濯、夕食の準備が、家に帰った花を待っている。

 しかも、今日は、美佐子さんと双子に、選抜試験に出たのがバレてしまった。

 いつも以上に仕事を押し付けられるだろう。


「待ってってば、花ちゃん!呼ばれてるよ、花ちゃんの番号が」

「え?」

「木藤リオンの相手役に、花ちゃんの番号が呼ばれてるの!」


 花は立ちすくんで、スタジオのほうを見た。

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