第37話 六枚の刃 無線式遠隔兵装

 火竜が放った竜の息ドラゴンブレスは、戦場を火の海に変えてしまった。雪の兵士達もきっと、このような最後を迎えるとは思ってもいなかった――。雪の兵士の残骸は、ついにはキラキラと輝く水蒸気のようになって、至る所で立ち昇った。まるで、何処かへ帰って逝くようだった。


「カティアさん見えますか!? ゲヘナです! あの竜にゲヘナが乗ってます!!」


 僕は、熱風から顔をかばいながら言った。カティアのイラついた声が、すぐに返ってくる。


「見えとるわ。あんなん反則ちゃう? いかつい火竜なんか連れて来よって! 何を考えとるんや!」

「僕達を――、というか、カティアさんを殺すつもりに決まってるでしょ! 雪の兵士があんな目に遭ってるのに、早く手を打たないとヤバいですよ!」

「わかっとるわ。なあ、六股君!」


 と言って、カティアは六股君を見た。六股君は自分を指して「俺の番すか?」と言った。とぼけた感じがする。


「そうや、喪失武器ロストウェポン型式二番とは君の事や! ここは六股君が主役の戦場やからなぁ――! そろそろ効果が現れるはずや! 準備できしだいでしばいたって!!」


 六股君が「うひ」と言った。背中に虫でも落ちてきた様な、可愛らしい悲鳴だった。そして――、次の瞬間に消えた。

 激しく目をまたたいても、どこにも見当たらない。六股君は、カティアの命令に従うのが嫌で、雲隠れでもしたのか。

 ふむ。

 ミステリーは突然に――。自称、探偵でもない僕は、当然推理も捜査も行わない。――だが、一応驚く。


「えええええ? ろ、六股君。どこいった――!!」


 僕はすぐに、祈るような気持ちになった。六股君も、オハナさんと同じような酷い目に遭うに違いない。いや、もうとっくに遭ってるのか!

 何もない空間から声がした。六股君とそっくりな声だった。


「ここだ。ここ。靴下君。俺はここ」

「え? どこどこ?」

「ここだ、ここ」

「どこだよ。早くしないと皆死んじゃうよ!」


 ちらっと南の方角を見ると、竜が高度を下げ始めた。距離はまだ少しあるが、このまま居座っているとかれてしまう。

 竜騎兵も、空を飛ぶ竜に道を譲るように広がって、天然の滑走路ができあがっている。

 僕は六股君の声に向かって、いい加減にしろと言った。天からのお告げと会話している場合じゃない。すると、ドンっと背中を蹴られる。この蹴りはカティアだ。本当に足癖が悪い。噛みついてやろうか。


「六股君なら、そこにおるやろ!」


 カティアが戦車の荷台から、首を伸ばして覗き込んだ。その目線を追って行って僕は驚く。こんな現象が目の前で起きていたとは。

 ――ごめんね六股君。僕、イライラとしてしまって、でも、こんなの予想できない。

 六股君はそばにいたのに、その存在をまるで認識できていなかった。六股君は生まれ変わって、それはそれは存在感の薄い・・存在になっていたからだ。相当薄い。幅が一ミリもない。横に回ってみると僕と同じ背丈の円盤が現れた。廃墟の中にある鏡の前に立ったようだ。その鏡に声をかけられて、僕はまた驚いてしまった。


「なあ、靴下君」

「な、なんだい? 僕に話しかけているのは、六股君なのかい?」


 僕は六股君であろう円盤を何度も見詰める。光をあまり反射しない銀色の円盤だ。傷だらけのステンレスを思い出させる。

 ――こいつはいけない。オハナさんより状況が悪い……。


「これから俺は、どうしたらいいんだ?」

「じ、人生? ちがうね。さあ……、き、聞いてみよっか……」


 戦車の荷台にいるカティアを振り向く。極細の円盤が少し向きを変えた。二人してカティアの発言に注目すると、神妙な顔をして、カティアは外套からカンペを取り出した。


「……ふむ。六股君は、魂すらも切り裂く刃となったんや。己が犯したカルマの数だけ敵を斬りさく無線式遠隔兵装……。実体を持たない幽霊ゴースト亡霊スペクターにも有効と書いてあんな」

「か、カルマっすか? へぇ……」


 カティアが読み上げると、六股君は呑気に感心した。芝居がかった素振りに僕だけが苛ついた。


「今頃説明書を読んでいるんですか? 状況が分かって――ああ!」


 怒鳴りかけると、僕の横で円盤が音もなく分裂した。元々ぴったりと重なっていたものが、すっとずれたようだ。一、二、三……、で合計六枚。流石に六枚もあると、もう見失う事はない。

 カティアは妙に納得した。


「やはり六枚や……。六股君が泣かした女の数だけ刃の円盤が現れたんやな。なんて罪深いんや」

「ちょ、カティアさん、マジで言ってます? どうせ最初から六枚なんでしょ?」


 流石に焦る、というか状況が飲み込めていない六股君の声がした。あの身体のどこから声が出ているのだろう? カティアは滑空している竜を指さした。


「さあ逝け! 己の罪の数だけ、あの竜に斬撃を叩きこむんや! そして女性陣に詫びろ! こんなに業が深いのは六股君だけや! なあ、そうやろ?」

「いやいや、意味わかんねぇ、誰も泣かしてねぇし!」


 六股君は激しく抗議するが、円盤なのでいまいち切実さが伝わらない。ついには、まあ、いっか――。という声がして、カティアに従うことを決めたようだ。


「靴下君、この辺頼むわ! 俺は取り敢えず逝ってきます!」


 僕はコクンと頷く。

 もはや、襲ってくるような竜騎兵ドラゴンライダーはいない。敵軍のほとんどは、火竜の攻撃に巻き込まれないよう、さらに遠くに包囲の輪を広げて成り行きを見守っている。

 ――だから、ここは大丈夫。

 火に巻き込まれないように戦車を移動させれば大丈夫。

 ――竜なんだ六股君。あの竜と、操るゲヘナを何とかしないと、恐らく僕達は助からない。

 それを伝えようとすると、「よしっ」という声が先にして、六枚の刃は、水平に投げられた手裏剣のように空を走った。


 六股君と竜の遭遇は一瞬で済んだ。

 六枚の円盤は滑空をしている竜の周りを飛び回り、キラッキラッと何度か輝いた。

 竜は突如バランスを崩すと、そのまま降下して土の山を作った。地面を伝わって大きな振動が届く。地面に衝突する際に長い首が曲がって、頭部に掴まっていたゲヘナがどうなったのか――、姿は最後まで確認できなかったが――。


「さっすが六股君や! すごいカルマの深さや!」


 と言って、またカティアが興奮している。僕も同じだ。六股君の活躍に感動すら覚える。思わず大声で叫んでいた。


「うぉおおおおお!! 六股君すげぇぇぇえ――!!!!」

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