第36話 元気ですか! 六股君!

 東の戦場に辿り着くと、敵軍は二重三重に友軍を取り囲んでいた。地竜に跨る着せ替え人形プリンセスドールが、ここでも太鼓を一定のリズムで打ち鳴らしている。音は戦場の隅々まで響き渡って、何かの指示が出ているようだ。

 だが、戦闘行為に参加しているのは前方の竜騎兵ドラゴンライダーのみであり、全ての竜騎兵ドラゴンライダーではなかった。後続はだぶついて、ただそこにいるだけ、といった印象を受けた。


「敵軍です。敵軍! どうします? 味方も奥にはいるみたいですけど?」

「決まってるやろ! 喪失武器ロストウェポンよ! 突撃せよ!」


 カティアの命令が耳鳴りとなり、脳内に電流が走った。鎖を引く手に力がこもって、青銅の戦車は唸るようにスピードを上げる。

 ――確信した! 突撃以外の命令は出さないんですね!? カティアさぁぁぁん!!


「イッヒッヒ――! あいつらびっくりするぞぉぉ――!! いっけぇ――!!」


 つばを飛ばして興奮するカティア。脳内麻薬の虜になって暫く戻ってこないつもりだ。竜騎兵は、この悪戯好きな悪魔が背後から迫って来ている事を知らない。ダリューン川の方から僕達が――。本陣の方角から敵が攻めて来るとは、夢にも思っていないはずだ。

 爆走する戦車の接近に気が付いたのは、距離が百メートルを切った時だった。ようやく何匹かの竜騎兵ドラゴンライダーがこちらを向いたが、もう遅いし間に合わない。ものの数秒で到達できる。


「ん、ぎぎぎぎ――!」


 僕が奇妙な声を上げるのは、突っ込んだ後の事に、だいたいの予想がつくからだ。青銅の戦車は、ブレーキが壊れた巨大なダンプになった。最高速度で障害物を薙ぎ倒す。


「進めぇ――!! 靴下君! 進めぇ――!!」

「やってますよ!! カティアさん、ケガしないように気を付けてくださいよ!!」


 カティアは敵が混乱している内に突き抜けて、味方と合流する気だろう――。結果、着せ替え人形プリンセスドールが、槍を投げる暇すら与えない。

 ――今度こそ、うまくいくんでしょうねぇぇ!

 手がビチャビチャになろうが、足元がぬかるんで悪かろうが、ただひたすら前に進む。最後の壁を突き破ると視界が開けた。

 カティアの長い髪が、紺碧の外套が、風を一杯に受けて大きくはためく。


「抜けたで――!!」

 

 雪の兵士が見えた。まだまだ沢山いる。竜騎兵の大軍に囲まれながらも、しぶとく生き残って一進一退の攻防を繰り広げていたのだ。

 と、そこに、一体の喪失武器ロストウェポンがいた。素早く動いては竜騎兵が縮めようとする包囲の輪を破っている。多勢に無勢な感じがするが、恐らく包囲されても善戦を続けていたのは、このせいが大きい。


「お待たせ六股君! 手伝いにきたよ!」


 雪の兵士の中に戦車を停止させると、すぐに気が付いた六股君が走り寄って来た。戦闘を続ける兵士たちの間を抜けて、すばしっこいネズミのようだ。


「なんか久しぶり靴下君! 孤立したって聞いてたけど大丈夫だったんだな?」

「うん。何とか平気だよ。……いや、違う。実は……」


 僕と六股君は、お互いに顔面を露出させて相手の顔を見たが、僕だけすぐに、暗い顔になった。


「実は……、オハナさんと別々になったんだ……」

「え? マジで? 本当だ。いねぇ……。カティアさん、オハナさんはなんで別行動なんすか?」


 六股君は真顔で言った。カティアはにっこりとして、駄々をこねる子供をあやす様な感じで答えた。戦車から見下ろすので、影になって不気味だけど。


「心配せんでええ……。もうすぐ会えるからね」

「嘘だぁ……」


 僕は大人を代表して、ぼそっと呟いた。敵の本陣に置いてきたオハナさんの下半身が心配になってくる。敵の本隊が戻ってしまって、廃棄処分されたりしないだろうか。

 ――そもそも、オハナさん。あの座標に自分の下半身が放置されてるって、どうやって知るのだろうか?

 カティアは、僕が疑ったので不満そうだった。


「嘘ちゃうって、オハナさんは大丈夫や。ちゃんと伝言残してきたやろ」

「いや、そうですけど」

「伝言って?」


 六股君が僕に訊いた。


「酷いんだよ。オハナさんの下半身にガリガリガリって、石で字を書いたんだよカティアは」

「ん? 状況が全然わかんねぇ。なんでオハナさんの下半身に字を書くんだ? 直接言えばよくない?」

「ああ、そうだよね……えっとね、その……」


 そうか――。六股君はオハナさんの上半身が、人工衛星のように打ち出されたのを知らないんだ。――どうしよ? なんて説明すれば信じるかな……。

 僕が悩んでいると、六股君は意外な事実に気がつく。


「そもそも、そんな伝言残したところで、字、読めんの? オハナさん」


 ――あっ!!

 思わず僕は、カティアの足元にすがりついた。大変だ。どうして気が付かなかったんだ。

 この世界の文字を僕達は読めない。この世界の共通文字は、カティアが作った契約書の文字と同じ物だろう。あの文字を使ってカティアが伝言を残したのなら、オハナさんでは読めない。もちろん先生だって同じだ。僕達が文字を読めるのは、カティアに「読め」と命令された時だけだ。

 カティアが僕に背中を向けていたせいで確認しなかった。これでは、オハナさんの上半身が無事に帰還して下半身と合体しても、次にどうしていいか分からない。オハナさんが戦場の中で――いや、最悪の場合、敵軍の中で孤立してしまう!


「カティアさん!! どうするんですかぁ!! 戻らないと――!!」

「手遅れや! 何か来たぁぁああ――!!!」


 カティアはすがる僕の手を蹴り飛ばした。なんて足癖の悪い人なんだ。ここまで来といて、何をそんなに慌てているんだ? 

 食ってかかろうとすると、珍しく六股君が僕を裏切った。


「靴下君。オハナさんの件は、あとにしようぜ」

「なんで?」

「あれ、見たらわかる……」


 六股君は南の空を指した。いつの間にかどんよりと雲が立ちこめていたが、そこには、風景画から抜け出そうとしているような、鮮やかな赤い色の鳥が飛んでいた。

 ――え? あれ鳥か?

 大き過ぎると思った。相当距離が離れているが、低空を飛ぶ旅客機のサイズだ。僕は解除していた頭部の歯車を元に戻した。そうすれば視力が上がる。喪失武器ロストウェポンの装甲を通すことで、大きな鳥の正体を確かめようとした。そうして後悔する。


「――うわっ! あれってドラゴン!?」


 誰でも知っている有名な幻獣だ。小説や漫画、アニメに映画、そのどれもに最強として登場する竜の形だ。下級の地竜のような、二足歩行をして恐竜を連想させるものではない。本物の竜だ。ドラゴンだ――。

 驚く事はもう一つあった。自分で発見してしまったのに、目撃したものを信じられなかった。

 ――いた……。

 竜の頭から、幾つもの鋭い角が伸びている。その隙間に、第十一書記のゲヘナがいる。地上をいくら探してもいないはずだ。なぜなら、巨大な竜に跨って空を駆けてくるから――。

 カティアは、珍しく顔面蒼白になって身を乗り出した。


「おそらく火竜や! 雪の兵士は固まるなぁ! 反対属性の竜の息ドラゴンブレスがくるぞぉぉ」


 そのような注意喚起をされたとしても、従えないだろうと思った。僕達は囲まれているんだ。外に広がる行為は抑制されていて、逃げる場所は見当たらない。

 竜が口を広げると眩しく光った。次の瞬間には、僕達の背後で火柱が起こった。大きな火柱だ。畑数枚分を一気に焼き尽くしてしまいそうな火柱が立ち上がる。雪の兵士が飲み込まれてしまった。囲まれても善戦を続けていた雪の兵士が、一斉に蒸発してしまった。


「あああ、やられたぁぁ――!! おのれ火竜め――! 雪の兵士がいなくなったら、私がダストンに怒られるんやで――!! 絶対ぶち殺すぅぅ――!!」


 カティアはツルハシを取り出して振り回した。

 嫌な予感がする。ふと、六股君と目線が合うと同調シンクロが開始され情報交換が行われる。

 ――カティアは竜と戦う気だよね? だよね? 火力が違い過ぎるでしょ! こわい、こわい、この人こわい!

 どうやら六股君も、何も言わないが不安は不安らしい。

 

「第十三書記カティアの名で命ずる――。其れは、この世の終わりにて始まりなり――、近くて遠い双星の片割れなり――。型式二番。新兵装解除――!!」


 嫌な予感ほど、よく当たる。

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