第27話 相手をびびらす
――もうすぐ始まるのか……!?
気が付けば数十万の軍が対峙していた。
僕は唾を飲んだ……。いや、歯車だらけの身体には、唾を飲み込む為の【
……の、飲んだ気になった。ついでに手足を見つめてみると、記憶にない
――はぁ……。嫌だ。
口もないのに、溜め息が出た。
僕の身体は、見事に喪失武器化してしまって、人間の時の面影がない。
それなのにしっかり緊張もするし、暇さえあればネガティブな感情が噴き出してくる。一度は覚悟を決めたはずなのに、精神までは武器のように尖らないようだ。
並んで立っているオハナさんは、じっとしていると部品の塊のようにも見えた。お互い似た姿をしているようだが、歯車の位置だったり色味だったりが僅かに違うようだ。
――はぁぁ……。
二回目の溜め息は、オハナさんと
「あれ? なんだかオハナさん、そわそわしてませんか?」
今、オハナさんと同じタイミングで溜め息をした。その時に繋がった。
巨人になって同化していた時と同じように、お互いの感覚が共有されてしまうらしい。今回は身体が離れているせいか、四六時中という訳じゃなさそうだけど……。
「え、私? ああいや、皆と一緒よ。いつ帰れるのかなぁって……。その、娘が気になってね……。姉がすぐ隣に住んでいるから、大丈夫だとは思うんだけど、私の事心配してるかなぁと思ってね」
「娘さんはおいくつなんですか?」
「六歳よ。小学一年生」
オハナさんは若く見えるけど、そんなに大きな子供がいるんだ。
「一年生か……それは心配だなぁ……。娘さんもオハナさんに会いたいでしょう。でも、きっと大丈夫ですよ。お姉さんの所で、元気に暮らしてると思います。だから、とにかく今は、目の前の厄介ごとを片付けて、無事に戻ることを最優先に考えましょう」
何の根拠も無い慰めだが、他に言葉が浮かばない。
「だよね。落ち込んでばかりいられないか……、皆もおんなじ状況だもんね……。でも、私の場合は仕事もヤバいかなぁ。もうクビになってるかもね……。はぁ……嫌んなる」
オハナさんの首がカクンと曲がって地面を向いた。
「ああ……そうでしたね。無断欠勤が続くとヤバいんでしたっけ?」
「そうなのよ。嫌味な奴がいてね。……誰だっけボーイの……あれ?」
「それ野崎さんじゃないですか?」
「野崎……。野崎だったかなぁ。とにかくそいつが、私をそもそも嫌ってて、事あるごとに邪魔をするのよ。今回も色々言われてるはずだから、店長も怒ってるだろうなぁ」
「元気出してください。無責任な言い方ですけど、この状況では仕方がないですよ」
「そうよね。一区切りするまでは帰れそうにないわね。ごめんね年上がしっかりしないとね」
「いえいえ。全然助かってます」
そう言って僕は前を向いた。遠くの敵を観察しながら、頭の中ではママの事を考えた。――僕もママに会いたいな。会って無事だと伝えたい。
遥か前方に土埃が広がっている。敵軍の動きが騒々しくなってきたようだ。
「どうやら、先頭にいるのは第十一書記のゲヘナだ。
カティアの戦車に並ぶように進み出て、ダストンは訊いた。ダストンは、氷で作られた騎馬に
「せやなぁ、戦場の
「当然、相手の左軍と右軍も出てくると思うが、それを撃破してからということか?」
「そうや。右には
「私の雪の軍勢では、少し数が足りないようだが? そんなに簡単に撃破突破し、中央の敵軍を挟み撃ちになど出来るだろうか……」
ダストンの大きな瞳が薄くなる。カティアの作戦が通用するのかどうか、頭の中で描いているようだ。
雪の軍勢は、全体でおよそ十五万ほど。左右にそれぞれ四万の兵力を割いた。カティアと僕と、オハナさんが受け持つ中央には六万、後方のダストンがいる本陣に残りの一万。
「数の不利は、私の
カティアが拳を握りしめると、ダストンは大きな目玉を僕とオハナさんに向けた。僕達二人は、カティアの号令がかかれば、いつでも発進できるように、戦車の鎖を掴んでいた。
「本当にそいつらが、バースの大地を
言いながらダストンは、左肩を擦った。オハナさんに殴られた場所が疼いたようだ。
「伝説では、神々しい巨人の姿だと聞いていたのだがな……」
ダストンも、バース創世記の一節を知っているようだ。カティアが答える。
「そのバージョンもあるで、破壊力抜群やねんけど、一回使うと暫く使用できへんねん。今回は小さいので我慢して。て、言うても、山ぶち抜くぐらい強いけどな、まあ見てて!」
「なるほど……。そいつらは、契約で縛っているのか?」
「せやで、なんで?」
「流石だな。喪失武器を契約で縛るなど、恐らく私には出来ない」
「いやいや、ダストンちゃんも色々凄いやん。今度、新しい喪失武器見付けたら教えるから、いっぺん試してみて」
「ふっ。次があればな……」
カティアに悪気はない。だけど、僕達を物扱いして盛り上がる会話を聞いていると、嫌な気分になった。いつか思い知らせてやろう。外套の端をベッドやカーテンに縫い付けて、「誰の仕業や――!」て、言わせてやろう。よし、決めた。
だが、そんな復讐のシナリオは、すぐに、どうでもよくなってしまう――。
目が覚めるような音がした。
見上げると一部に暗雲が立ち込めていて、そこに、汚れたドレスを着せられた
その洋人形の口元が、顔面の半分以上も開く。そして若い女性の声が響き渡るが、その声はとても陰鬱だった。死者からの伝言のように思えた。
【その通りだダストン。次などないぞ。よく分かってるじゃないか。お前達はここで、私の――、第九書記ニーチェの支配下に入るのだ。未来永劫、家畜として飼ってやる。他は全員細切れだぁ! さあ、始めようじゃないか!】
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