第26話 ダストンが本気出した

 山から下りた僕達は、第十一書記ゲヘナと第九書記ニーチェが織りなす連合軍と睨みあっていた。その数はおよそ二十万。同じ目線に立ってしまうと端すら確認出来ない軍勢だ。川を背に退路を絶つように布陣しているのは、絶対に負けないという自信があるのだろう。


 それに比べて僕達の戦力は……。

 カティアに従属している僕達四人と、ダストン率いる愉快な仲間達。総勢数十は居るのだろうが、非常に心許こころもとない。いくら何でも数が違いすぎる。戦闘が始まれば、一度目の突撃すら凌ぐ事は出来ないだろう。素人の僕でもそう思うし、きっと間違っていない。だが異変が起きた。それは六股君ですら、思わず驚いてしまうような、嬉しい異変だったんだ。


「第十二書記ダストンが命ずる。雪の精霊よ。そのはかない姿を晒し、非力な我々に力を貸してくれ」


 ダストンが虚空に向かって、両手の平を僅かに上げると、辺り一面がキラキラと輝きだした。空気中の水分が凍りつきゆっくりと降ってくる。ダイヤモンドダストだ。

 油断をすれば汗ばむような暑さの中で、その光景はどこまでも広がっていく。平らな大地を埋め尽くしていく。

 まぶしい氷の粒は集まると、剣と盾を持った兵士の姿に変わった。氷柱から削りだしたように透明で美しい兵士の群れが出現する。

 カティアが戦車の荷台から、身を乗り出して声をあげた。


「これがダストンの雪の軍勢か! めちゃくちゃ綺麗や!」

「本当に綺麗! いっぱいいる!」


 オハナさんがうっとりした表情を浮かべた。女子が好きそうなシチュエーションが目の前に展開される。


 ――凄いよダストン!!

 正確な数は分からないが、こちら側にも現れた。戦う軍勢が。竜騎兵を迎え撃つ、見るからに精強な軍勢が!


「みなぎってきたでぇぇ! こっちも負けてられへん! お前らこれを読めいぃ!!」


 カティアは外套に手を突っ込むと、お決まりのように巻物を取り出して広げた。

 ――またあの文字だ!

 巨人になった時に読まされたあの文字だ。相変わらず何が書かれているのかさっぱり分からない。だけど、カティアが魔法のスパイスを振りかけると急に読めるようになるんだ。


「第十三書記カティアが命じる。お前らは読める! この複雑難解な文字を、死体にたかるウジを踏み潰すより簡単に読むことが出来るでぇ。さあ、読むんや!!」


 ――ああ、読める。読めてしまう。

 巻物に書かれている文字が、普段から馴染みのあるカタカナに見えてくる。拒むことは出来ない。契約の力が働いて、僕達はカティアの命令に背けない。意味の分からない文字の羅列を目で追う羽目になるけど、後でその効果は確実に現れる。

 ――また戦うのか。

 オハナさんが、散々と警告してたけど、なるよ、なるなる。歯車だらけの機械になって、僕達も、あの竜騎兵と戦うんだろ?

 あっさり覚悟が決まる僕は、いや僕達は。心がもう麻痺しているんだろう。抵抗しても契約には逆らえない。無駄だって、諦めることに慣れてきたんだ。


「フィンディ……シュリルリラ……ラスターディア!!」


 最後の一文を高らかに読み上げると、先生やオハナさん、六股君のシルエットが目の前でぼやけた。メタリックな塗装を施されたようになって溶けて崩れた。

 ――僕もだ。僕も溶ける――。

 遥かの大昔、大地を破壊したという災いになるために、僕達の組織は粒子レベルまで分解されてから再構築される。

 ――伝説の喪失武器へ変身するんだ。

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