第21話 むしろ喜んで連行されたい

「ダストォォォンッ。ビィ――ムゥ!!」


 顔が胴に埋まってしまった巨大な猿の怪物。その正体は第十二書記ダストン。(らしい)流暢りゅうちょうに人語を話すが、自分の名がついた技を恥ずかしげもなく言い放つ辺り、あまり賢くはなさそうだ。すぐさま両手を腰に当ててりきみだすと、ギョロっとした黒目から本当に出てきた破壊光線! 電柱ぐらいの太さの光が、熱と力を持って乱雑とした森を直進する。山の木々がなぎ倒されると、歩けそうな道がどんどん塞がれていった。

 ――ひえっ! 当たったら死ぬ!


「逃げるぞ靴下君」

「えっ! 駄目だよそっちは!」


 そう言って六股君は、道なき道を下り始める。もう少し傾斜がキツければ、崖と表現しても良さそうな斜面だ。当然、通常なら使わないルートだが、訳のわからぬビームによって、歩けそうな道は木や土砂で塞がれてしまった。もう、木々の隙間に飛び込んで、上下どちらかに進むしかない。

 だけど反対だ。僕達は南側から登って山頂を越えたのだ。北側に下りるとなれば、さっき確認した異形の大群に向かう事になる。なのに六股君は、背中を見せながらさっさと行ってしまう。

 ――ちょっと待って六股君! 足はやっ!


「登りだと、逃げれねぇ。来いよ」

「せめて、斜めに! 真下に下りると大群に見つかるよ!」

「んなこと、後から考えろ。殺されるぞ」

「ああ、もう! 分かったよ!」


 僕は、六股君が踏み馴らした道を続いた。大きな木は避けて進むしかないが、六股君が言ったように、下りだとそこそこスピードが出る。逃げるなら、この方向で間違いなかった。だが、僕達を焼き付くそうと、熱い熱い光の塊が、すぐ側を通り抜けていく。また木々が倒れてきた。


「ダストォォォンッ。ビィ――ムゥ!!」


 恐ろしい破壊力を持つダストンビーム。何の抵抗もなく、それこそ豆腐のように山肌を削っていく。まさか、書記本人が光線を出すなんて。書記はカティアやマールのように、契約した者を使役して戦うとばかり思い込んでいた。てかダストン、そもそも人間じゃなかった!


 僕は六股君を追いかけて、転がるようにして斜面を走る。火傷しそうな熱を感じたら、背後から頭の横を光の筋がまた通り抜けていった。またまた木が倒れて、道なき道すらも、壁のように進入不可になっていく。ダストンは僕達の退路を塞ぐ気かもしれない。


 頭上でガサガサと音が鳴り、木々の隙間からさす陽光が一瞬遮られる。上を振りかぶると、ダストンが倒れかかる木の上を、猿のような機敏さで移動していた。必死で逃げる僕達を簡単に追い越してしまう。

 大きな獣は、僕達の前に飛び降りると両手を広げた。斜面なので見下ろすような形になるが、五メートルぐらいしか離れていない。

 遠距離から攻撃出来るのに、わざわざ近付いて来たということは、僕達を捕まえる気だろう。もしくは、確実にビームを当てて焼き尽くす気だ!

 僕はもう一度反転して、今下りて来た道を戻らなくてはと思った。今度こそ上りだ。背中を向けて這うように進んでも、もうスピードは出せない。

 ――駄目だ! やられる!

 ――と、六股君の右手に、いつの間にやら、短くて細い枝が大量に掴まれていた。六股君は、それをまとめて足元に落とすと、枝の束が地面につく前に、ややボレー気味に足を振り抜いた。一連の動作は全て、斜面ではなく空中を軽やかに駆けて行われている。六股君が、らしくない大きな声を出した。


「風魔忍法――! 回天砲火ぁ!!」


 蹴られた枝枝は、明後日の方向に飛ぶのもあったが、多くはダストンの大きな目玉に向かって殺到する。まるで忍者が使う、クナイが投げられたようだった。ダストンは毛むくじゃらの腕を曲げて目玉を庇った。

 ――に、忍法!? 六股君。今、忍法って――――!?

 僕は興奮して、着地を決めた六股君の背中に声をかけた。


「六股君は忍者なの!? すごいよ今の!」

「だろ?」


 六股君は僕の方を向いて、照れたような笑顔を浮かべる。こんなにイキイキしている六股君は初めてだ。忍者を見るのも初めてだ。


「俺はバイト忍者だ」

「えっ? バイトなの?」

「そうそう! 週一のバイト忍者!」


 ば、バイトかぁ……。週一かぁ……微妙だぁ、六股君ごめん。どう反応していいか分からないよ。

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