第20話 相手は背水の陣

 森の精霊エントの群れを焼き払い、可愛い新芽の妖精に転生させた後、僕達は戦車を引いて走りっぱなしの三日間を過ごした。

 走りながら僕達は、壮大で美しい景色に息を飲み、様々な不思議な生き物と遭遇して度肝を抜かれ、ここは異世界なんだと、何度も思い知らされた。その結果――。

 ――ママァァ~! とにかく帰りたいぃ!

 酷いホームシックに襲われた。気分が晴れない。人間忙しく情報が制限されている時のほうが、幸せな時もある。先生にオハナさん、六股君の存在がなければ、心が挫けているだろう。


 現在僕達は、マールの領地から真っ直ぐ北に向かい、第十二書記ダストンが治める領地を突っ切る形でぶつかった山のふもとにいる。高い山ではないが峰が続いており、越えなければ向こう側に行けない。休憩も兼ねた、立ち往生をしている最中だった。


「お前ら、偵察してこいや」


 はい、きた命令。すんごい上から。

 僕らの雇い主は休む間もなくお仕事をくれる。今回は前向きに、ホームシックが治る事を願って仕事に取り組む事にしよう……。そういや、報酬くれるんだよね? ちゃんと貰いますからね。


 ――二時間後。


「すんごい数だねぇ……どこの書記の軍だろう?」


 僕と六股君は山の斜面にいた。青々と茂る木々の切れ間から見下ろすと、東西に流れる川を背に、地面が無数の生き物で埋め尽くされていた。遠目で分かる異形の群れ。数十万、いや、もっといるかもしれない。眼下を埋め尽くす大群だ。 

 六股君は、とても自然なウンコ座りをしながら言った。


「なんかサイズもバラバラで、統一感ないけど、数だけは多いな」

「はぁ……待ち構えているね。またやり合うのかなぁ? あんまり戦いたくないんだけど……。あれは何かな? ふむふむ。恐竜みたいなのに人がまたがってるねぇ」


 僕と六股君の視力は、敵方の偵察をするためにアップグレードされている。カティアの契約の力で、ばっちり改造済みだ。目的が終わるまで、世界中の誰よりも視力がいいだろう。六股君は、僕が泣き言を言うと否定した。


「しゃあねぇよ。カティアには歯向かえないし。玉座に着くまで、こんな毎日が続くんじゃねえの?」

「生き残れる気がしない」

「大丈夫っしょ。また巨人になったらいいよ。 いけるいける!」

「六股君は、前向きだねぇ。羨ましいよ」

「そうか?」

「うん」


 六股君は立ち上がって、ブレザーのホコリをはたいた。僕はふと気になって聞いた。


「それ暑くないの? ブレザー?」

「いんや、ちょうど良いぐらい。靴下君は?」


 僕は自分の姿を確かめる。ヨレヨレの白いティシャツに半パン。貧相に伸びた足に茶色い革靴を履いている。かなりの夏仕様だ。


「大丈夫。僕もちょうど良いよ」


 そう答えた後に視線を感じた。矢で射ぬかれるような鋭い視線。急に気温が下がった気がして、背筋がぞくっとした。

 僕は眼下に広がる絶望的な光景を、もう一度確認した。

 ――どこから感じる?

 軍の本陣かと思われる大きな天幕が、川の前に四つ設置されている。その辺りからだ。

 嫌な予感がしてきた。ここに長居は無用だ。見付かってしまうかもしれない。いや、すでに気づかれたのかも。

 ――帰ってカティアに報告だ。


 山の南側から登って、山頂を越えた場所から偵察を続けていた。手入れされていない山道を歩いてきて、帰りもそこを通るつもりだった。

 帰り道を塞ぐように、巨大な獣が現れた。いや、既に居たのかも知れない。そう感じたのは、風景から急に実体化したように見えたからだ。動物や昆虫が擬態を突然放棄して、隠れることを止めたようだった。


「うわああああ!」

「オイオイ! いつの間に!」


 僕は悲鳴を上げた。天幕からの視線はまだ続いている。これは別の脅威だと思った。すぐ側に、こんな化け物がいたのに気が付くのが遅れた。

 奇妙な生き物だ。猿のような身体をしているが首がない。毛だらけの胸に大きな目玉が一つあり、ギョロギョロと動いて気持ちが悪い。目玉の下に三日月を寝かしたような大きな口があり、四角い歯がびっしりと並んでいた。大人一人ぐらい簡単に飲み込んでり潰してしまいそうだ。その口が動いた。樹液のような甘い香りが広がって、低い声がした。


「……お前達は、第十三書記カティアの手の者か?」

「そ、そうだけど、オタクは?」


 六股君が答えた。珍しく緊張しているようだ。


「私はダストン。第十二書記だ」


 ――だ、ダストン毛深い~。人間じゃな~い。

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