第19話 喪失武器とは何ですか?

 マールは立てた杖の先端に顎をのせた。少し話し疲れたように見えた。


喪失武器ロストウェポンが星を破壊した。バースの大地は戦火を免れるために宇宙そらに旅立った……。質問に答えてやろう。バースの創世記に登場する兵器、それが喪失武器ロストウェポンの正体じゃ」


 全員がゴクリと唾を飲んだ。


「随分とまた……そ、創世記ですか……。これはこれは……とてつもない話だ。どれ程の歴史があるのか分かりませんが、大抵、そのようなお話は誇張されていて、真実を伝えていないことが多い。あまり信用出来ませんねぇ」


 先生はまたメガネの端を触った。どうやら予想外の言葉が飛んできたり緊張したりすると、その仕草をするようだ。先生に賛同するように六股君は何度も頷く。その度に、サラサラの金髪が揺れた。


「そもそも、そんな大昔に俺らいねぇし」

「そうだよ」


 僕も調子を合わせた。

 マールは、僕と六股君を目でなめつけた後で言った。


「ワシも半信半疑だったが、どうやらカティアが、その時代の遺跡を堀当てたようじゃな。そこで見つけたのじゃろう。魔術師を召還する方法や兵器としての使い方を。先程の神々しい巨人の姿こそ、伝え聞く喪失武器ロストウェポンそのままの形じゃったわ」

「はい! は~いっ!」

「はい、オハナさん!」


 オハナさんが手を上げたので、先生がごく自然に指名した。さすが本物の先生だ。風景が一瞬教室になった。


「魔術師て何!?」


 もう、いい加減にしてとばかりにオハナさんが睨みを効かす。確かに理解不能なワードが次から次へと飛び出してきますが、怒るのは止めましょう。まずは話を聞きましょう。


「バースに敵対していた勢力どもじゃ。書記が使う、契約の力と同じような力を持つ者だったと伝えられておる」

「それが私達と、どう関係してるのかしら?」

「恐らく魔術師の子孫なのだろうよ、お前らは。だからカティアに目をつけられた」

「いやぁぁあ……、違うと思うけどなぁ……」


 遠慮がちに僕は否定した。

 ふくよかに太ったママの体躯を思い出す。やはり違う。僕の親は魔術師なんかじゃない。魔術師はもっとシャープなはずだ。勝手なイメージで大変恐縮だけど……。

 マールは首を振った。


「あとは、お前らの雇用主に聞いてくれ」


 擦れた金属音が近づいて来るので振り向けば、カティアが一人で歩いていた。骨の化け物が一緒じゃない。どこに置いてきた??


「進軍は止めや。今日はここで休むで。各々どっかの家に転がり込んで適当に寝てや」

「うしっ! やった!」


 六股君はその場で跳ねて喜んだ。色々と疑問は残るけど、一旦お開きになりそうだ。

 僕達は、村人が慌てて逃げ出した村に居る。戸締まりされていない扉は、簡単に見つかりそうだった。

 僕はマールに、あるお願いをした。


「マールさん。実は僕、お腹が空いて倒れそうなんです。家の中で食べ物を探してもいいですか?」


 そういった行為は略奪となる。目の前に座っているのは、少し物知りで弟子に頭の上がらない情けない老人だが、この地の領主であるはずのマールが了承すれば、罪に問われる事はないだろう。僕は、餓えてしまう前に許可が欲しい。


「ええで」

「って、お前が言うんか――い!!」


 カティアが先に言ったので、僕は上半身のバネをフル活用して突っ込んだ。マールは肩をすぼめる。


「よかろう。だがカティアよ。玉座に着いたなら、この村の住人を手厚く施せよ。じゃないと許さんぞ」

「分かっとるわ師匠~。約束するわ」

「ふむ」


 マールの許可が下りた。これで遠慮せずに物色できる。カティアはまだ、マールに用があるようだった。


「あのな師匠」

「なんじゃ」

「私の領地に第五書記のトリアが攻めて来とんねん」

「むっ、トリアか。またやっかいな奴じゃな。アイツの契約しとるゴブリンどもは、礼儀なぞまるで知らんケダモノじゃぞ。急いで戻れ、民が危ない」

「せやろ? 私の契約しとる骸骨将軍スカルジェネラルを百体ほど置いてきてんけどな」

「うむうむ」

「今も一体応援にやってんけどな」

「ワシをぶら下げとった奴じゃな」

「そうそう。でも骸骨将軍スカルジェネラル百一体しかおらんやん?」

「そうじゃな」

「流石に、ゴブリン三十万はキツいと思うねん」

「……じゃろうなぁ。いかに最恐の地獄の戦士でも、相手の数が多いか」

「助けに行ったって」

「えっ? ワシ?」

「うん。ワシ」


 マールはキョトンとして、目を丸くした。背筋が伸びている。


「いや、森の精霊エントいないし、無理じゃろ」

「師匠、風の精霊ジンとも仲ええやん」

風の精霊ジンは移動用じゃぞ」

「私の領地にも若い森の精霊エントおるから、そこまで移動してさ、連れていってええで」


 マールは立ち上がると、深くため息をついた。


「はあ……。しんどいのぅ……しかし了解じゃ、お前の民を救うために、人肌脱いでやろう。新しく森の精霊エントが手に入るし、どっちみちトリアを止めないと、ここまで侵食するじゃろうしな。で、お前はこれからどうする?」

「師匠にトリアは任せて、川を渡るために北上するわ。トリア捕まえたら、私の前に連れて来てくれる? 速攻で契約するから」

「ワシが負ける事も考えておけよ。トリアは強いぞ」

「いやいや、師匠なら余裕やって。期待してるで」

「ふん。馬鹿弟子が。安いおだてには乗らんぞ。今日はお前の森まで移動して、そこで休むとしよう。風の精霊ジンよ、ワシを運んでくれ」


 強い風が吹き抜けたと思ったら、マールが白いつむじ風に巻かれていた。目の前でみるみる浮かび上がる。僕達は腕や、顔を背けてぶつかってくる風を避けた。

 ――すごい! 風が生きているみたいだ。


「暫しの別れじゃ、行ってくる」


 七十を越えていそうなマールであるが、僕達の誰よりも元気に空に飛び立った。東に向き直ると、次の瞬間には移動を始めて、すぐに闇の中に消えてしまった。


「師匠、すまんな。後で肩揉むから頑張ってな」


 カティアは東の空を見ながら、マールの無事を願っているようだった。

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