助言者

 抑揚のまるでない、女性とも男性ともつかない不思議な声だった。

 まさか、ミュウが声を発した訳ではないよな。もちろん、声の主が蝙蝠であるはずもない。


 そもそも、声は明らかに僕の頭の中で発せられた気がする。


「だ、誰だ?」

助言者アドバイザーです。極稀有スキル所持者に不随する存在です』


 何じゃ、そりゃ?

 そんな存在、はじめて聞いたぞ。

 それに、極希有スキルって……。

 【潜入ダイブ】って、そんなにレアなスキルだったの?


「何で、今まで、黙っていたんだよ?」

『一度も、助言付与の条件を満たさなかったからです』

「条件て?」

『いくつかあります。たった今、そのひとつを満たしました』

「どんな?」

『スキル【潜入ダイブ】所有者の、生命への差し迫った危機です』

「そ、そんなにヤバいの?」

『この戦闘において、【潜入ダイブ】所有者が死亡する確率は、98パーセントです』


 ほぼ、死亡確定じゃん!


『スキル【潜入ダイブ】の使用を、強く推奨します』

「て、使い方、わからないんだよおぉ!」


 蝙蝠は、今にも、僕に襲い掛からんとしている。


『対象者に両掌を接触した状態で、「ダイブ」と唱えれば発動します』


 そ、そんな簡単な事だったのかよ?

 もちろん、今まで、一度もそんな事を実行した例はない。

 一応、これまでに、色々、試しはした。

 ダイブ、と、口に出して唱えたり、心の中で強く念じてみたり。水の中に、長く潜り続けてみたこともある。

 ただ、効果の不明なスキルを、人間相手に試す勇気はなかった。


「スキルを使えば、助かるのか?」

『【潜入ダイブ】使用時の死亡確率は、8パーセントに低下します』


 使わない手は、ないだろう。


「キイイィッ!」


 蝙蝠の魔獣は、翼を広げ、再びこちらへ突っ込んでくる。

 どんな攻撃だろうが、まともに食らえば、僕などひとたまりもない。

 魔獣の突進を、僕は、横っ飛びで、かろうじて避ける。

 だ、ダメだ。速すぎるッ!

 どうやって、あんなのに触れればいいんだ?


 蝙蝠は空中で旋回し、こちらに向き直る。

 僕がやられたら、次はミュウの身が危ない。

 蝙蝠が、再び僕に向かってくる。


「うおおおおぉッ!」


 僕は、あえて蝙蝠の方へ踏み出す。いわば自殺行為である。半ば自棄だった。

 けど、こちらの行動が意外だったのか、魔獣は一瞬、怯んだように硬直する。

 今しかないッ!

 無我夢中で蝙蝠へ突進し、その胸部に僕の両掌を押し当てた。


「ダイブッ!」


 瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。さらに撹拌され、周囲の景色とまじり合う感じだ。

 なんか、身体が、強い力で、蝙蝠の側に引っぱられている気がするんだけど……。

 て、大丈夫なのか、これ?


 うわあああああぁーッ!

 魔獣の身体に激突したかと思った瞬間、完全なる暗転が訪れる。

 が、すぐに視界は戻った。

 意識も明瞭である。

 な、何が起きたんだ?


 洞窟内の様子に、殊更な変化はないようだ。

 ……蝙蝠が、いないぞ。

 どこへ行ったんだ?

 周囲を見回しても、魔獣の姿は消えていた。

 足元を見て、僕はゼッ句する。

 地面に、僕が倒れていた。

 うつ伏せの状態で、手足は投げ出され、微かな動きすらも見られない。

 う、ウソだろ。

 助かるんじゃなかったのかよ?


 て、おかしいだろ。

 どうして、僕が、ボクを見ているんだ?

 じゃあ、僕は一体……。


 地面に伸ばした僕の右手が、視界に入る。僕は、再び言葉を失くす。それは、よく知る自分の手ではなかった。

 指は三本しかなく、やたらと鋭く伸びた爪。腕は……、いや、羽?

 左手も、同様に黒い羽である。視線を下へ向けると、茶色い毛の生えた胸元が見えた。

 こ、これって、もしや……。


『スキル【潜入ダイブ】の発動に成功しました』

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