竜の穴

「見えたぞ」


 グレンが、前方を指さしながら言う。

 山道を行ける所まで馬車で進み、道なき森の中を一時間くらい歩いたころだ。

 町を出発したのは午前中だったが、もう既に、日はたいぶ傾いていた。

 木々のすき間に覗く岩肌に、縦横五メートル程の歪な台形の穴があった。竜の穴の入口だ。まるで、それ自体が巨大な魔物の口みたいで不気味である。


 グレンが、ルースに目で合図を送る。

 ルースは小さく頷くと、僕を含む四人に向き直り、短く詠唱する。身体を、心地よい風が吹き抜ける感覚があった。


支援魔法バフだ。力、敏捷、耐力を上昇させた」


 たしかに、やけに体が軽く、力が漲る感じもする。


「よし、行くぞ」


 グレンの号令で、僕らは、<竜の穴>に足を踏み入れた。

 てっきり暗闇と思っていたのだが、洞窟内は意外にも結構明るかった。

 天井や、壁の一部が、ぼんやり光を放っているせいだ。一定の間隔毎に、淡く輝く石が埋め込まれているらしい。

 おかげで、松明やランタンがなくとも、歩くのに困らない。


 先頭を行くグレンが、立ち止まる。後ろに続く僕たちも、それに倣った。

 次の瞬間、前方の岩陰から、大きな影が、奇声を上げながら飛び出してくる。

 猿の魔獣だ。

 その威圧感だけで、僕は立ち竦んでしまう。


 ただ、グレンたちに、まったく臆する様子は見られない。グレンとバルドが、連携して、剣と戦斧で攻撃を仕掛け、呆気なく魔獣サルは斃された。

 戦闘を終えた彼らは、何事もなかったように、また歩を進め始める。


 その後も、幾度か魔獣に遭遇するも、グレンたちが難なく退けた。

 ダメージが蓄積してくると、黙っていても、誰かが回復薬を用いる。長く命運を共にしたパーティーの連携ぶりに、僕は感嘆させられた。


 洞窟に足を踏み入れてから約二時間、ようやく最深部にたどり着いた。

 地面に、大きな裂け目のような穴が、口を開けている。

 長さは十メートルほど、幅は、馬車一台くらい、悠々、落ちてしまいそうなくらいあった。

 のぞき込むと、底が見通せないほど深い。

 この下に、竜が……。


 視線を穴の淵へ移すと、そこには、一振りの剣が地面に突き刺さっている。


 グラムだ。


 ふつう、剣が地面に刺さっていると聞くと、鞘から抜いた刃の状態を思い浮かべるだろうが、この剣の場合、鞘に収まったまま、地中に深く差し込まれている。

 一体、誰がどうやって、刺したのか不思議である。まるで、剣が、地面と一体化してしまっているかのような印象を受ける。


 この場所にある事こそが、剣を引き抜くのが難しい最大の理由だ。何せ、竜の棲む穴の真上である。


「さて」


 グレンが一息つくと、他のメンバーたちに目で合図を送る。

 すると、バルドが、グラムの元へ歩み寄って、剣の柄を掴む。


「え、抜くんですか?」


 驚きを隠せない僕に、グレンは当然のような顔で応じる。


「もちろん。それが目的だ」

「そんな。聞いていたハナシとは……」

「ふんッ!」


 僕の当惑など無視して、バルドが剣を引き抜きにかかる。こめかみに青筋が浮き立つほど力を込めているようだが、グラムはびくともしない。


「やはり、力づくではムリだな」


 グレンは、しげしげとグラムを眺めながら、つぶやく。

 物理的な力をいくら込めても、抜く事は不可能らしい。


「だから、同時に膨大な量の魔力を、剣に流し込む必要がある」

「けど、そんな事をしたら」

「ああ。竜が黙ってない」


 グレンが、懐から取り出した何かを、僕の左手首に嵌めた。白銀色に輝く腕輪。


回復の腕輪ヒールリングだ」


 装着者が負傷すると、自動的に回復魔法と同じ効力を発揮する魔道具アイテムだ。

 なぜ、今、僕にこんなものを?


 突然、マリンが、僕のすぐ耳元で、ぱしん、と手を叩いた。


「な、何するんですか?」


 僕は思い切り、肩をすくめた。


「ちなみに、今、オレも指を鳴らしたんだが、聞こえたか?」


 少し離れた位置にいたルースが、そう問い掛ける。


「い、いや」

「耳のそばで大きな音が鳴れば、遠くの小さな音はかき消される」

「そ、それが?」

「魔力も同じって事さ。より近い所で、強い魔力を発生させれば、離れた場所で使用された魔法は、すぐには察知されない」


 僕は、グレンたちが何を企図しているのかわかりかけてくる。


「そのスキに、剣を抜く」

「ここより、近くなんて……」

「あるだろう」


 グレンが、僕の背後を、顎をしゃくって指し示す。そこには、底も見えないほど深淵が、ぽっかりと口を開けている。

 徐に、グレンは、自らのロングソード鞘から抜き、僕に突き付ける。


「え?」


 強制的に後ずさりさせられ、僕は穴の淵に立たされる。


「ぼ、僕を騙したの?」

「ちょっと、考えりゃ、わかるでしょぉ?」


 マリンが、いかにも小ばかにしたような口ぶりで言う。


「あんたみたいな無能に、うちらが声掛けると思う?」

「ぐ……」


 僕を、穴に突き落とすつもりか。竜の生贄にするために。

 回復の腕輪ヒールリングは、発動時に、強力な魔力が発せられる。僕に嵌めたのは、そのためか。

 く、くそぉ。

 外そうとするも、まるでムダだった。


「こいつは返してもらうぜ」


 グレンは、僕の背負う、回復薬ポーション等の詰まったリュックを奪い取る。


「こ、これは渡さないぞ」


 僕は私物の入ったカバンを腕で抱く。


「要らないわよ。どうせ、ロクなものなんて入ってないでしょ」


 マリンが嗤う。悲しいかな、その通りではあるが。


「ダイブか。今のお前に相応しいな」

「え?」


 僕には、グレンの剣の動きを、目で追う事すら出来なかった。

 腹部に衝撃、同時に熱を感じた。

 見ると、僕の腹にグレンのロングソードが深く突き刺さっている。

 一息に、剣が引き抜かれる。

 痛みはまだないが、刺された箇所の服に、血が滲んでいく。


 顔を上げると、グレンが、掌で僕の胸部を力任せに押した。

 僕の身体が、背後に飛ばされる。足元から、地面がなくなる。僕を見下ろすグレンとマリンの姿が遠のく。


「うわああぁッ!」


 深い闇の底へ、僕は真っ逆さまに落ちていった。

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